大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(の)2号 判決

主文

被告人斉藤純一及び同岡田一幸をいずれも懲役一〇月に、同田村靖一、同愛知良一、同橘田孝重、同石渡健二、同泉純吉、同井上清及び同松井達夫をいずれも懲役四月に、同川副二郎、同大橋退助、同武信光、同説田長彦及び同榎本喜好をいずれも懲役六月にそれぞれ処する。

被告会社出光興産株式会社及び同日本石油株式会社をいずれも罰金二五〇万円に、同太陽石油株式会社を罰金一五〇万円に、同大協石油株式会社、同丸善石油株式会社、同共同石油株式会社、同キグナス石油株式会社、同九州石油株式会社、同三菱石油株式会社、同昭和石油株式会社、同シェル石油株式会社及び同ゼネラル石油株式会社をいずれも罰金二〇〇万円にそれぞれ処する。

被告人全員に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間右各懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用については、別紙訴訟費用負担明細表(一)及び(二)記載のとおり被告人ら及び被告会社らにそれぞれ負担させる。

理由

〔凡例〕

一  左に掲げる略称を用いることがあるほか、日常使用される略称を用いることがある。

略称   正式名称

独禁法  私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律

業法  石油業法

通産省  通商産業省

通産大臣  通商産業大臣

石連  石油連盟

OPEC  石油輸出国機構

OAPEC  アラブ石油輸出国機構

二  左の上段の文言は下段の意味である。

製品  石油製品

業界  石油業界

精製業者  石油精製業者

元売り業者  石油製品元売り業者

三  株式会社名については、名称中「株式会社」を単に(株)と表示し、またその他の略称を用いることがある。

四  証人、被告人、相被告人及び被告会社代表者の当公判廷における供述のうち、第三四回公判までに行われたものについては公判調書中のその供述部分を証拠とし、第三五回公判以降に行なわれたものについては当公判廷におけるその供述を証拠とする。

五  証拠物の押収番号は、特に記載しない限り、東京高等裁判所昭和五〇年押第一九五号である。本文中にはその下の符番号のみを示す。

六  証拠の標目の記載例は左のとおりである。被告人、相被告人、被告会社代表者及び証人の氏名については、初出のとき以外は原則として姓のみを記載する。

記載例     上記の意味

斉藤供述五八回   被告人斉藤純一の第五八回公判廷における供述

早山供述七五回   相被告人早山弘の第七五回公判廷における供述

出光計助供述九四回 被告会社出光興産(株)代表者出光計助の第九回公判廷における供述

野田証言三回   第三回公判調書中の証人野田進一郎の供述部分

田中証言一〇五回   証人田中一正の第一〇五回公判廷における供述

岡田四九・三・一三検一項 被告人岡田一幸の昭和四九年三月一三日付検察官に対する供述調書第一項

七  別件昭和四九年(の)第一号と併合審理中尋問した証人の当公判廷における供述を証拠として掲げたときは、右別件についてのみの尋問に対する供述部分は含まないものとする。

第一罪となるべき事実

一  本件の背景事実

(一)  石油製品

石油は、昭和四八年当時わが国におけるいわゆる第一次エネルギーの約七五パーセントを占めていた重要な物資であり、また、石油化学原料となる重要な役割をも有している。

石油製品は、燃料油と潤滑油等の副製品とに大別される。燃料油は、揮発油(ガソリン)、ナフサ、ジェット燃料油、灯油、軽油、A重油、B重油及びC重油の各油種に分類されるが、灯油には家庭の暖房等に用いられる白灯油と産業用の茶灯油とがあつて、通産省では、白灯油を民生用灯油ということがあり、昭和四八年一〇月以降は白灯油を家庭の暖房等に用いられる家庭用灯油と業務用灯油とに分けることにし、業界では、同年一月ころから、家庭用灯油を民生用灯油と呼び、灯油を民生用灯油とその他の灯油とに分けるようになつた。

石油製品は、その油種ごとに、用途がほぼ一定しており、需要者の種類も異なつている。

石油製品は、原油を蒸留するなどの精製工程を経て生産されるいわゆる連産品であつて、その品質もおおむね均一であるが、原油には、比重の重い重質油とその軽い軽質油、あるいは硫黄含有量の多いものと少ないものとがあるなどその性状や品質は多様であつて、特定の原油種から各石油製品の得られる比率、すなわちいわゆる得率はほぼ一定している。

(二)  石油業界

1 石油製品元売り業者

わが国においては、石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保するためいわゆる消費地精製方式が採られており、国内で必要とする石油製品の大部分は国内で原油を精製して生産され、ナフサ及び重油が若干輸入されているにすぎない。

石油製品を生産、販売する業者は、原油を処理して石油製品を生産する石油精製業者、主として、石油製品を特約店等に卸販売するほか、これを大口需要家に直接販売(直売)する石油製品元売り業者及び石油製品を一般需要者に販売する特約店等に大別されるが、精製、元売り業者には、その両者を兼業するものとそのそれぞれを専業とするものとがある。

元売り業者は、昭和四八年当時においては被告会社一二社とエッソ・スタンダード石油(株)及びモービル石油(株)との合計一四社であつて、このうち被告会社共同石油(株)、同キグナス石油(株)、同シェル石油(株)及び同ゼネラル石油(株)、エッソ・スタンダード(株)及びモービル石油(株)の六社が元売り専業であり、その余の八社が精製、元売り兼業である。また、元売り業者には、外国系石油会社がその資本金全額を出資している例えば、被告会社シェル石油(株)(ロイヤル・ダッチ・シェルグループの全額出資)、資本金の一部を出資しているいわゆる外資提携会社の同昭和石油(株)(ロイヤル・ダッチ・シェルグループの五〇パーセント出資)及び同三菱石油(株)(ゲッティ石油会社の48.7パーセント出資)、外資提携会社に資本金の一部を出資している同日本石油(株)(カルテックス石油会社と資本提携して日本石油精製(株)を設立)及び同ゼネラル石油(株)(エッソ・スタンダード石油(株)と資本提携してゼネラル石油精製(株)を設立)及び外資提携会社が資本金の一部を出資している同キグナス石油(株)(外資提携会社である東亜燃料(株)の五〇パーセント出資)のようないわゆる外資系会社と外国系資本に関係のないいわゆる民族系会社とがある。

精製、販売の過程は系列化されており、元売り専業者も同系列の精製業者を持つており、元売り業者は、自社製品のほか系列会社その他から仕入れた石油製品を販売しており、精製専業者がその生産した石油製品の一部を需要家に直売するものがある(その数量は全販売数量に比して極く少ない。)ほかは、国内で生産される石油製品のすべてを販売している。

2 石油連盟〈編注・生産調整事件判決、第四の第二節一と同旨につき省略〉

(三)  石油製品価格

1 原価

国内で生産される石油製品の原価は、原料である原油の購入費、原料の加工費である精製費及び販売費から成り、その合計を精製販売原価という。

わが国で必要とされる原油は、昭和四八年当時においてはその九九パーセント以上を海外からの輸入に依存していたので、原油購入費は、いわば原油の輸入費であつて、わが国の石油会社が外国の供給先から原油を買入れるときの原則的価格である原油FOB価格(産油国積出港渡し価格)とフレート及び保険料とを合計した原油CIF価格に輸入費用(関税、輸入金融に伴う金利負担及び輸送途中で生じた原油の減耗損等)を加えたものである。

精製費は、主として、精製設備及びそれに関連する諸設備(公害対策設備及び蓄油設備等)についての資本費負担(投資金利及び償却費)と精製工程で必要とされる自家燃料費等であり、販売費は主として石油製品の国内輸送費用等である。

精製販売原価中、原油購入費、とりわけ原油FOB価格の占める割合が最も大きく、それは原油FOB価格が上昇するとともに益々増大することになり、ついで資本費負担の占める割合が大きく、それは石油製品需要の伸びが設備の増大に伴わないときは益々増大することになる。

石油製品は連産品であるため、油種別の原価を理論的に確定することができないので、これを求めるのに全油種平均の原価を政策的に各油種に配分する総合原価計算方法が採られる。そして、その配分方法としては、適当と考えられる石油製品の或る価格体系を選び、全油種平均原価を右価格体系における油種別価格間の比率と同一になるよう各油種に配分するいわゆる等価比率方式が用いられることがあるが、右の計算によつて得られた数値を手がかりとしながら、これにさらに政策的配慮を加えた数値の設定が行なわれるのが通常である。(なお、右の手法は、元売り仕切り価格を決めるとき、あるいはコストアップにより元売り仕切り価格を引き上げるときにも用いられる。)

2 原油価格

(1) 原油価格総説

わが国が輸入する原油は、中東地域からのものが大部分であり、ついで南方地域からのものが多く、その他は僅少である。

中東地域の原油は国際石油会社と総称される諸会社(以下単に国際石油会社という。)によつて生産、販売されており、わが国石油会社は、昭和四八年当時においてはその殆んど全部を国際石油会社から購入していた。ところで、国際石油会社は、古くから自ら各原油種ごとにバーレル当りドル建てで公表する公示価格を建値として原油を販売して来たが、昭和二五年後半以降においては、原油生産量の増大に伴つて常に公示価格からの値引きが行なわれるようになつた結果、公示価格は建値としての性格を失うに至つたけれども、国際石油会社の原油販売価格(実勢価格)は、生産コストと産油国に支払う公示価格に対する一定比率の利権料及び所得税を合わせた原油原価(タックス・ぺイド・コスト)に自らの利益を加算した価額であるから、公示価格の上昇に伴つて上昇することに変りはない。そして、中等地域の原油は、種類が多く、超軽質、軽質、中質及び重質の四種類に大別されるが、その公示価格は、軽質のものほど高く、重質のものほど安く設定されており、わが国では、昭和四八年当時においては、軽質及び中質原油を主として輸入していたが、各石油会社の購入価格は、一般的な長期契約に基づくものについては、原油種類ごとにみれば、原油供給者の違いにかかわらず、その間に殆んど差がなかつた。なお、右実勢価格はドル建てで決められるから、円の対ドル交換レートの変動によりわが国石油会社の円での購入価格もまた変動する。

南方地域から輸入する原油は、大部分インドネシア産のミナス原油で、インドネシア国営のペルタミナ社からこれを購入しているが、含有硫黄量が極度に低いものであつて、中東原油に比べて割高であるが、わが国石油会社の購入価格は右ペルタミナ社が一律にこれを決定している。

(2) 原油価格の変動

イ 前記のように、国際石油会社の販売する原油の実勢価格が公示価格を下廻るようになつたため、昭和三四年及び昭和三五年に右の実態に合わせることを目的として公示価格の引下げが行なわれたけれども、その後も世界的な供給過剰傾向が続き、昭和四四年まで公示価格は据え置かれたものの、実勢価格が公示価格より下廻る情況が続いた。

ロ ところが、昭和四五年九月以降OPEC(石油輸出国機構、昭和三五年九月、いずれも産油国であるイラン、イラク、クウェート、サウジ・アラビア及びベネズェラの五カ国により結成され、昭和四六年までの間にいずれも前同カタール、インドネシア、リビア、アブ・ダビ、アルジェリア及びナイジェリアが順次これに加盟し、昭和四八年当時の加盟国は一一カ国であつた。)が公示価格の引上げ等による原油値上げ攻勢(以下OPEC攻勢という。)を開始してからは、原油FOB価格及び同CIF価格の情勢は一変し、国際石油会社のドル建て原油実勢価格の引上げが相次いで行なわれるに至つた。中東原油を中心とした原油価格の変動は、おおむね左のとおりである。

(イ) 昭和四五年九月にリビアが、トランス・アラビアン・パイプラインの破損による送油停止と第三次中東戦争以来のスエズ運河閉鎖という情況の下で、生産削減命令を出したのを背景に、同国内の国際石油会社と交渉してリビア原油の公示価格の引上げに成功したのに端を発し、イラン等ペルシャ湾岸の産油国も、産油会社と交渉して、同年一一月に公示価格及び所得税率の引上げに相次いで成功した(いわゆるOPEC第一次値上げ)。

(ロ) OPEC加盟のペルシャ湾岸六力国(イラン、イラク、クウェート、サウジ・アラビア、カタール及びアブ・ダビ)は、昭和四六年二月一四日、国際石油会社との間に、公示価格を即時一律引き上げるほか、同年六月一日及び昭和四八年から昭和五〇年まで毎年一月一日にインフレーション調整としてこれを一定額それぞれ引き上げること(以下インフレーション条項という。)及び所得税率の改定を含むテヘラン協定(昭和四六年二月一五日発効)を締結し、公示価格は、右協定により同年二月一五日から一バーレル当り三五ないし40.5セント引き上げられ(いわゆるOPEC第二次値上げ)、さらに、同年六月一日から右協定発効日の翌日の公示価格に2.5パーセントを上乗せした額となり、これに加えて一バーレル当り五セント引き上げられた(いわゆるOPEC第三次値上げ)。

(ハ) 同年八月一五日、アメリカのニクソン大統領が、当時のアメリカの悪化した国際収支を改善するため、金とドルとの交換の一時停止を含む新経済政策を発表したことに端を発し、主要国間の通貨交換レートは従来の固定制から変動制に移行したが、同年一二月一九日のIMF総会において多国間通貨調整に関して合意されたいわゆるスミソニアン協定により同月二〇日から再び固定制に戻り、主要国通貨の対ドル交換率が大幅に切り上げられることになつた。そこで、右ペルシャ湾岸六カ国は、昭和四七年一月一九日、国際石油会社との間に、右の通貨調整による原油のドル減価分の産油国に対する補償のため、テヘラン協定の補足として、同月二〇日から公示価格を8.49パーセント引き上げるほか、今後毎年三月、六月、九月及び一月のいずれも一日に再計算したわが国を含む主要九カ国の対ドル交換レートの平均が上下二パーセントを超えて変動したときには公示価格を調整することなどを内容とするジュネーブ協定(昭和四七年一月二〇日発効)を締結し、公示価格は、右協定により右協定発効時点において一バーレル当り17.5ないし20.3セント引き上げられた(いわゆるOPEC第四次値上げ)。

(ニ) 国際石油会社は、市況上の判断から、わが国石油会社の一部に対して、中東地域の軽質及び中質原油について一バーレル当り五セント程度の昭和四六年一〇月からの値上げを通告し、また、インドネシア産ミナス原油も、同月から、ついで昭和四七年四月からいずれも値上がりすることになつた。

(ホ) 中東原油の公示価格は、テヘラン協定のインフレーション条項により昭和四八年一月一日から引き上げられた(いわゆるOPEC第五次値上げ)。

(ヘ) OPEC加盟のサウジ・アラビア、アブ・ダビ、クウェート及びカタールの四カ国は、昭和四七年一二月二〇日から昭和四八年一月一一日にかけて、それぞれの国内で経営する国際石油会社との間に、右各国が右国際石油会社に昭和四八年から二五パーセントの比率で事業参加し、昭和五三年以後昭和五七年まで毎年一月一日ごとに右比率を高め(最終参加比率は五一パーセントになる。)、産油国が右参加比率分の採掘原油を取得し、その一部をつなぎ用原油及び過渡的引取り原油としてタックス・ペイド・コストより高く、実勢価格に近い価格で国際石油会社に買い戻させ、その余を産油国が直接市場で販売する(この対象となる原油をDD原油という。)ことなどを内容とする事業参加協定(リャド協定等の総称で、パーティシペイションとも略称される。いずれも昭和四八年一月一日発効)を締結したが、右協定によつて、テヘラン協定による公示価格の値上がり分以上に国際石油会社の原油コストが上昇し、その分だけ実勢価格も上昇することになり、昭和四八年一月以降、国際石油会社からわが国石油会社に対し、テヘラン協定及び事業参加協定によるコスト上昇分に若干の市況調整値上げ分を上乗せして値上げを通告してきた。

(ト) 国際通貨情報は、ジュネーブ協定締結以降しばらくは同協定の公示価格調整の公式が適用されるような変動が生ずることなく経過したが、昭和四八年二月上旬に再び不安定になり、アメリカが同月一三日にドルの一〇パーセント切下げを行なったことなどから、わが国などが翌一四日に再び変動相場制に移行するなどして大きく変貌したため、同年四月一日には右協定による公示価格の引上げが行なわれた。

また、同年二月以降、アブ・ダビ及びサウジ・アラビア等のDD原油が高値で取引きされ、国際石油会社は、同年五月上旬すぎころから、わが国石油会社に対し、右高値のDD原油への市況さや寄せという形で市況調整値上げを通告して来るようになり、一方、当時の世界的な軽質原油の需要の増大と供給の逼迫の情勢を反映して、国際石油会社の軽質原油を中心とする市況調整値上げもあり、さらに、ミナス原油も同年四月一日から値上りした。

(チ) 前記のペルシャ湾岸六カ国等は、右の国際通貨変動がジュネーブ協定締結当時の想定より大巾であつたため、右協定に基づく減価補償を不満とし、交渉団を結成して、同年四月一三日以降、ドル切下げ分の完全補償を獲得するため国際石油会社と右協定の改定交渉を進め、同年六月二日、国際石油会社との間に、同月一日から昭和五〇年一二月三一日までの期間を対象として、右通貨調整による原油のドル減価分の産油国に対する補償のため、ジュネーブ協定の改定として、同年六月一日から同年一月一日現在の公示価格を引き上げるほか、毎月の通貨変動巾の計算を行ない、その変動が一パーセントを超えたときは公示価格を一定率で調整することなどを内容とする新ジュネーブ協定(昭和四八年六月一日発効)を締結し、公示価格は、右協定により同年六月一日から同年一月一日の公示価格に対して一バーレル当り27.8ないし32.0セント、同年四月一日の公示価格に対して一バーレル当り8.3ないし9.5セント引き上げられた。

国際石油会社は、わが国石油会社に対し、右公示価格の値上がり分の原油値上げ通告をするにあたつて、市況調整分の値上げを併せて通告する例が多かつた。

(リ) 右の変動相場制への移行に伴い、昭和四八年一月一日現在で一ドル三〇二円であつた円の対ドル交換レートは同年二月一四日には一ドル二六五円ぐらいとなつて円高傾向で推移し、わが国石油会社の原油購入価格は、仕入差益の発生によつて実質的には大巾に値下がりすることとなつた。

(ヌ) 中東原油につき、同年七月一日及び同年八月一日に新ジュネーブ協定により公示価格が引き上げられたほか、同年一〇月一日から国際石油会社の市況調整値上げがあり、また、南方原油等も同日から値上がりした。

(ル) 前記のペルシャ湾岸六カ国は、同年一〇月六日の第四次中東戦争の勃発を契機として、同月一六日、以後各油種ごとに自ら一方的に定める標準価格(RPB)を基準として、それに対応する公示価格が1.4倍となる関係を維持する旨の公示価格の一方的引上げ(例えば、アラビアン・ライトについては、RPBは3.65ドルで、公示価格は、5.119ドルになり、同月一日のそれの七〇パーセント増しになる。)を宣言した。

3 石油製品価格

(1) 石油製品価格形成の特徴

石油製品価格も経済原則一般に従つて形成されることはいうまでもないが、次のような特徴がある。すなわち、イ 原料である原油の価格が産油国や原油供給者である国際石油会社等によつて一方的、政治的に設定されることが多いので、そのため大きな影響を受けること、ロ 石油製品は、競合財、代替財が少なく、かつ必需品的な性格が強いことなどから価格の需要に対する影響が概して小さいとともに、石油産業が装置産業であること及び石油製品の性質から、短期的には、精製能力、各油種間の生産比率及び貯蔵能力に限度があるなどその生産面及び物流面の制約があるので、価格の供給に対する影響も概して小さいために、全体として需給と価格の相互影響による市場秩序の形成を困難にする面があること、ハ 石油産業が装置産業であるため稼働率を上げて資本費負担を軽減しようとする結果、激しい拡販競争が起り易く、また、石油製品の均一性のため価格競争という形をとり易いこと、ニ 石油製品に対する政府の施策によつて影響を受けることが多いことなどである。

(2) 本件に至るまでの石油製品価格の変動

昭和二七年に戦前から引続き行なわれて来た石油製品の需給統制及び統制価格は撤廃され、その後石油製品価格は、全般的に下向傾向を辿りながらも平静に推移したが、昭和三〇年代の後半から原油価格の継続的下落と石油製品の供給過剰を背景とする業界内の競争激化により全般的に水準の低下が目立ち、OPEC攻勢開始に至るまで低迷状態を続けた。

OPEC攻勢開始後原油価格の上昇に伴つて石油製品価格も上昇を続けるに至つたが、昭和四六年四月にOPEC第一次ないし第三次値上げに伴う原油値上がり分の転嫁のため値上げが行なわれ、ついで昭和四七年四月にも、OPEC第四次値上げに伴う原油値上がり分、石油製品需要の鈍化に伴う固定費増加分及び昭和四六年四月の値上げ未達成分の転嫁のための値上げが行なわれた。

(3) 本件に至るまでの石油製品価格に対する行政の介入

イ OPEC攻勢前

昭和二七年の石油製品の統制撤廃後においても、エネルギー政策等の産業政策上の見地から、外貨資金割当制度を背景として石油製品の需給及び価格に対する行政の介入が行なわれ、石油製品の価格体系の形成や一時的な価格抑制等の指導が行なわれて来た。

昭和三七年度下期から原油の輸入自由化が予定されたが、当時の石油事情にかんがみその後の事態に備える必要から、昭和三七年五月一一日に業法が制定され、同年七月一〇日に施行された。業法は、石油企業の事業活動を調整することによつて、石油の安定的かつ低廉な供給の確保を図り、もつて国民経済の発展と国民生活の向上に資することを目的とし、その目的達成のため、石油製品の需給につき、石油供給計画制度並びに精製業及び精製設備等の許可制度をはじめとする規制ないし行政指導の基準について定めているが、石油製品の価格については、元売り業者等に対し、毎月石油製品の品種別及び販売先別の平均販売価格を通産大臣に報告すべき義務を課している(昭和三八年一月一七日から施行)ほかは、精製業者及び輸入業者に対して、石油製品の価格が不当に高騰し又は下落するおそれがある場合において、石油の安定的かつ低廉な供給を確保するため特に必要があると認めるときは、通産大臣が石油製品の販売価格の標準額(以下標準価格という。)を定めることができる旨規定するにとどまる。従つて、業法上は、石油製品の価格の大勢は市場において形成されることになっている。

ところで、業法制定後OPEC攻勢に至るまでの間、通産省当局は、業法に基づき精製業者の販売する自動車用揮発油及びC重油の標準価格(精製業者と石油製品の専属的販売契約を締結する元売り業者の販売価格にも同様適用される。)の設定、灯油、軽油、A重油及びB重油の価格指示(以下指示価格という。)、石油業界と石油化学業界との間のナフサの取引基準価格の取決め、その他一部油種の価格抑制の各指導のほか、市場基盤整備及び生産調整による需給関係改善の各指導等専ら市況是正のための諸種の指導を行なつた。

ロ OPEC攻勢後

OPEC攻勢開始後、通産省当局は、主として産業政策的立場に立ちながらも、物価対策及び民生対策上の配慮を加えて価格抑制的態度をとり、昭和四六年四月の値上げにあたり、業界に対し、原油コストアップのうち一バーレル当り一〇セント分を業界で吸収負担すること(以下一〇セント負担という。)にした平均値上げ巾を示すとともに、白灯油価格を同年二月から三月の価格水準に据置くことにして(このような価格を以下指導上限価格という。)右平均値上げ巾を展開した油種別値上げ巾を示して、それらの遵守を要請し、同年一〇月には民生用灯油の右の価格据置きの行政指導を公表し、昭和四七年四月の値上げにあたつても価格抑制の方針を示すなどし、他方、需給調整について業法に基づく規制ないし同法の運用にあたつての行政指導等を行なつて価格の形成に影響を及ぼした。

二罪となるべき事実

(一)  被告会社ら

被告会社出光興産(株)は、昭和一五年設立され、資本金は一五億円であり、同日本石油(株)は、明治二一年設立され、資本金は二二五億円であり、同太陽石油(株)は、昭和一六年設立され、資本金は四億円であり、同大協石油(株)は、昭和一四年設立され、資本金は約六〇億円であり、同丸善石油(株)は、昭和八年設立され、資本金は約一六四億円であり、同共同石油(株)は、昭和四〇年設立され、資本金は一八〇億円であり、同キグナス石油(株)は、昭和四六年設立され、資本金は一〇億円であり、同九州石油(株)は、昭和三五年設立され、資本金は三〇億円であり、同三菱石油(株)は、昭和六年設立され、資本金は一五〇億円であり、同昭和石油(株)は、昭和一七年設立され、資本金は四五億円であり、同シェル石油(株)は、明治三三年設立され、資本金は約六九億円であり、同ゼネラル石油(株)は、昭和二二年設立され、資本金は約一七億円であつて、被告会社らは、概ね、本社に販売業務を統轄する部等(以下販売部等という。)及び直売を担当する直売部等の部、課(以下直売部等という。)を設け、また、特約店等への販売を担当する別紙被告会社支店一覧表記載の支店及び営業所等(以下支店等という。)を設けている。

被告会社らは、いずれも石油製品の元売り会社であつて、被告会社太陽石油(株)がガソリン及びジェット機燃料油を元売りしていないほか、いずれも燃料油の全油種をほぼ全国的に元売りしており、昭和四八年における被告会社らの燃料油元売りの数量の合計は、全元り会社のそれに比し、燃料油全体としては八十数パーセントであり、油種別にみると、ナフサは七十数パーセント、B重油は九〇パーセント前後、その余はいずれも八十数パーセントであつた。

(二)  被告人ら

被告人らの後に判示する各関係事実当時における被告会社らにおける地位及び担当職務、その他の主要な経歴並びに営業委員会における役職は、別紙被告人の地位等一覧表(一)及び(二)記載のとおりである。

(三)  共同行為

1 事実第一の共同行為

(1) 共同行為に至る経緯

業界における石油製品の値上げの協議は、昭和四六年四月の値上げの際は営業委員会において行なつたが、その協議について公正取引委員会の審査を受けたことにかんがみ、昭和四七年四月の値上げのときからは、営業委員長主宰の下に、価格問題の話合いに参加しないことになつたエッソ・スタンダード石油(株)及びモービル石油(株)を除く全元売り会社、すなわち被告会社らの営業委員ら各社の代表が集つて行なうことにした(石連事務局推薦の営業委員及び同局職員は出席せず、議事録も作成しない。以下このような会合を価格の会合という。)。

価格の会合において、昭和四七年一〇月ころから、OPEC第五次値上げに伴う原油値上がり分と昭和四七年四月以降の値上げ未達成分等を石油製品価格に転嫁して昭和四八年一月一日から値上げをするため協議を始め、同年一一月二七日には一〇セント負担をやめる前提で値上げする方針をとることとしたが、同年一二月四日、通産省担当官の意向に従つて一〇セント負担を前提として右の平均値上げ巾を算出し、また、家庭用灯油の価格についての通産省の意向に従つて指導上限価格をそのまま守る建前で平均値上げ巾の油種別展開を行なう方針を決定した。

スタディー・グループは、価格の会合における右の方針に従つて、いずれも一キロリットル当り、①昭和四五年度上期比の昭和四七年一二月三一日までの原油FOBの値上がり分製品換算九二四円、②昭和四六年三月比の昭和四七年一〇月価格水準(灯油及びC重油については想定価格)での回収巾四八〇円、③未回収巾(①から②を引く。)四四〇円、④昭和四八年一月からのOPEC第五次値上げに伴う原油の値上がり巾製品換算一三五円、⑤一〇セント負担分二四〇円との計算根拠(原油価格については一ドル三〇八円として計算)により、昭和四七年一〇月価格比での一〇セント負担後の燃料油平均一キロリットル当り必要値上げ巾(③と④を足し⑤を引く。)を約三四〇円と算出したうえ、これを油種別に展開した案を作成した。

(2) 共同行為

被告人斉藤純一、同岡田一幸、同井上清、同武信光、被告会社昭和石油(株)常務取締役で営業委員会委員である早山弘及び被告人説田長彦は、昭和四七年一二月七日、被告会社日本石油(株)において、価格の会合を開き、スタディー・グループが作成した右原案に基づいて協議した結果、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らが所属する被告会社六社が共同して、いずれも昭和四七年一〇月価格比で一キロリットル当り、ガソリン一、〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジェット燃料油一、〇〇〇円、工業用灯油五〇〇円、軽油五〇〇円、A重油五〇〇円、B重油四〇〇円及びC重油一〇〇円の各巾(額)で、ガソリンについてのみ昭和四八年一月一六日、その他の油種については同月一日からそれぞれ値上げすることを合意し、

さらに、被告人田村靖一、同愛知良一、同石渡健二、同川副二郎、同大橋退助及び同榎本喜好並びに前記の被告人斉藤、同岡田、前記早山及び被告人説田は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については当日の会合に出席した他の右被告人ら及び右早山と共謀して)、昭和四七年一二月一八日、被告会社日本石油(株)において、価格の会合を開き、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らが所属する被告会社一〇社が(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して右同様の各値上げ巾(額)及び実施時期で右各油種の値上げをすることを合意し、

ここに、右被告人一一名及び前記早山は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については他の被告人ら及び右早山と共謀して)、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して石油製品の値上げをする合意を遂げ、右それぞれの実施時期にその効力を発生させた。

2 事実第二の共同行為

(1) 共同行為に至る経緯

価格の会合において、昭和四八年一月八日、事業参加協定に伴う原油の値上がり等のコストアップ分を石油製品価格に転嫁して値上げするため協議をはじめた。

スタディー・グループは、業界全体の全油種平均値上げ巾の計算について、昭和四五年度以降の固定費負担の増加分を計算要素に含めるとともに、昭和四五年度の平均コスト、石油製品価格及び利益巾を計算の起点とする新方式(この方式によると、一〇セント負担を前提とする旧方式による計算結果と実質的に同じくなり、通産省担当官の意向に沿うことになる。)により、かつ、原油値上がり巾については中東・南方両原油の平均で算出する中東・南方プール方式で計算し、のちに昭和四八年一月一八日ころにまとめた、いずれも一キロリットル当り、①昭和四八年一月一日からの原油値上がり分以外の昭和四八年一月以降の昭和四五年度比コストアップ巾(原油コストアップは製品換算)一、二三五円、②昭和四七年一〇月価格水準(灯油及びC重油については想定価格)での昭和四五年度比石油製品価格の上昇巾五〇〇円、③この状態で昭和四八年度を経過する場合の昭和四五年度比利益減少巾(①から②を引く。)三三五円、④昭和四八年一月一日からの原油値上がり巾(製品換算)三五四円とする計算根拠(原油価格については一ドル三〇二円として計算)とほぼ同様の計算根拠により、昭和四七年一〇月価格比での燃料油平均一キロリットル当りの必要値上げ巾(③と④を足す)を約六八〇円と算出したうえ、民生用灯油には転嫁しないことにして他の油種に右金額を展開した案を作成した。

(2) 共同行為

被告人斉藤、同岡田、同愛知、同石渡、同井上、同川副、同大橋、同武信、前記早山及び被告人説田は、昭和四八年一月一〇日、被告会社日本石油(株)において、価格の会合を開き、スタディー・グループの作成した右原案に基づいて協議した結果、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らが所属する被告会社一〇社が共同して、いずれも昭和四七年一〇月価格比で一キロリットル当り、ガソリン三、〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジェット燃料油一、〇〇〇円、工業用灯油一、〇〇〇円、軽油一、〇〇〇円、A重油一、〇〇〇円、B重油五〇〇円及びC重油二〇〇円の各巾(額)で、ガソリンについてのみ昭和四八年二月一六日、その他の油種については同月一日からそれぞれ値上げすることを合意し、

さらに、被告人田村及び同榎本と意を通じた被告会社ゼネラル石油(株)直売部直売二課長山本泰正並びに前記の被告人斉藤、同岡田、同川副、同大橋、同武信及び前記早山は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については当日の会合に出席した他の右被告人ら、右早山及び右山本と共謀して)、同年一月八日、石連において、価格の会合を開き、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らが所属する被告会社八社が(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して、右同様の各値上げ巾(額)及び実施時期で右各油種の値上げをすることを合意し、右山本は翌一九日ころ被告人榎本に右結果を報告し、同被告人は自己の所属する被告会社の業務に関してこれを了承し、ここに、右被告人一一名及び前記早山は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については他の被告人ら及び右早山と共謀して)、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して石油製品の値上げをする合意を遂げ、右それぞれの実施時期にその効力を発生させた。

3 事実第三の共同行為

(1) 第一次共同行為に至る経緯

前記のように、原油価格は、昭和四八年一月以降上昇し続け、同年四月ころには、当時交渉が進められていたジュネーブ協定の改定に伴う値上がりや市況調整による値上がりによつて近く大巾なコストアップが予想される情勢になつた。

そして、前記の世界的な傾向と同様、わが国においても昭和四七年下期から軽質製品に対する需要が増大したのに、原油の軽質化が遅れていたため、昭和四八年二月から四月にかけて中間留分(灯油、軽油及びA重油)の需給のタイト化がみられるようになり、昭和四八年度下期の中間留分の供給確保をはかるため原油の軽質化を促進する必要があつたが、前記のように軽質原油の価格が上昇しはじめており、また、同年四月以降農林水産用免税A重油の輸入価格も値上がりする情況であつたのに、行政による民生用灯油の価格抑制指導が行なわれ、また、これと関連して軽油及びA重油の価格も低位にあつて、コストの高い軽質原油の輸入促進の阻害要因になつていたので、業界においては、同年四月半ばころから、中間留分の価格を軽質原油の輸入促進を刺激(インセンティブ)しうる程度、すなわち、重質原油から軽質原油に切り換えることによつてコスト高となる分だけ値上げする必要があるという議論(インセンティブ・コスト論)が高まり、価格の会合において中間留分の値上げについて協議していた。

スタディー・グループは、同年五月上旬ころ、インセンティブ・コスト論に基づいて、当時重質原油から軽質原油への切換えの実現可能なイラニアン・ヘビー原油からイラニアン・ライト原油への切換えを想定して、その場合の右両者の価格差から生ずるコストアップ分を計算してこれを中間留分に転嫁することにすると、いずれも一キロリットル当り、中間留分の増産分だけに転嫁する計算で約二、〇〇〇円、中間留分全体に均すと約七〇〇円になるという計算結果を出した。

(2) 第一次共同行為

被告人斉藤、同岡田、同田村、同愛知、同泉、同井上、同川副、同大橋、同武信と意を通じた被告会社三菱石油(株)直売部長本田実、前記早山と意を通じた被告会社昭和石油(株)販売一部長武田文雄、被告人説田及び同榎本は、同年五月一四日、被告会社日本石油(株)において、価格の会合を開き、前記のように為替差益はあるにしても、前記のように当時予想されていたジュネーブ協定の改定に伴う原油値上がり等のコストアップを石油製品特に中間留分に転嫁して値上げする必要があるとして協議したが、当時右コストアップの額が確定できないため、スタディー・グループの出した右の計算結果を理由として中間留分の値上げをすることにし、また、B重油は、中間留分三〇パーセントC重油七〇パーセントを混合して作るものであるから、中間留分との価格体系上のつり合いからいつてこれも値上げするのが相当であるという理由でB重油の値上げもすることにし、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らが所属する被告会社一二社が共同して、いずれも一キロリットル当り、灯油一、〇〇〇円、軽油一、〇〇〇円、A重油一、〇〇〇円及びB重油三〇〇円の各巾(額)で同年七月一日からそれぞれ値上げすることを合意した。

(3) 第二次共同行為に至る経緯

そして、前記のように、同年六月一日から新ジュネーブ協定に伴う原油の値上がりがあつたが、通産省は、同年六月一八日の営業委員会において、右の原油値上がりを含めて同月一日までのコストアップ分を石油製品価格に転嫁して値上げしてはならず、今後は同年六月比のコストアップ巾をそのまま平均必要値上げ巾として計算するのが相当である旨の見解を示したので、中間留分値上げの根拠づけの作業をしていたスタディー・グループは、同月一八日ころから通産省の右見解に従つて本格的に作業を進め、同月一日からの新ジュネーブ協定による値上げに伴う値上がり分を超える市況調整による原油値上がり分と同年七月からの右協定による値上げに伴う原油値上がり分を併せて計算したところ、同年六月比のコストアップ巾、すなわち必要値上げ巾が平均して一キロリットル当り約二五〇円であり、これを前記の灯油四油種に展開するとほぼ右の合意の値上げ巾になるとして、右計算を右値上げの根拠とし(ただし、家庭用灯油については、同年六月比ではなく、前記の指導上限価格に対する値上げを意味するものとする。)、同月二五日の価格の会合において右のとおり説明した。

ところが、同月二九日ころ、通産省担当官は被告会社らに対して右値上げの実施を一カ月延期するよう要請し、被告会社太陽石油(株)は同年七月から値上げを実施したが、その他の被告会社らは右要請に従つて右値上げの実施を延期した。

(4) 第二次共同行為

被告人斉藤、同岡田、同愛知、同泉、同松井、同川副、同大橋、同武信と意を通じた前記本田、被告人説田及び同榎本は、同年七月二日、被告会社出光興産(株)において、また、被告人田村及び前記早山並びに前記の被告人斉藤、同岡田、同松井及び同大橋は、同月二三日、右同所において、それぞれ価格の会合を開き、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右各会合の出席者らが所属するそれぞれ被告会社一〇社及び六社が共同して、同年八月一日から(ただし、被告会社太陽石油(株)は同年七月に引続き)同年五月一四日合意したとおりの各値上げ巾(額)で前記の灯油等四油種の値上げをすることを改めて合意し、右本田は、同年七月二日ころに被告人武信に右結果を報告し、同被告人は自己の所属する被告会社の業務に関してこれを了承した。右第一次及び第二次共同行為により右被告人一二名及び前記早山は、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが共同して石油製品の値上げをする合意を遂げ、右実施期日にその効力を発生させた。

4 事実第四の共同行為

(1) 共同行為に至る経緯

価格の会合においては、同年八月中旬及び同月二七日、前記のような同年八月の原油値上がり分や同年一〇月以降予測される原油値上がり分を石油製品価格に転嫁して同年一〇月以降値上げするため協議をし、値上げをする方針を決めたが、コストアップの油種別展開については、民生用灯油の値上げはあきらめ、その分をガソリンへ転嫁することに傾いた。

スタディー・グループは、新ジュネーブ協定による同年七月一日及び同年八月一日の原油値上げに伴う原油値上がり分、同年一〇月以降の国際石油会社の市況調整値上げの予測額及び同月以降の南方原油等の値上がり額を合計した同年六月比の原油コストアップ額と同年一〇月における昭和四七年度比のフレートの上昇分を合算し、それから国内経費の減少分を差引いてコストアップ額を算出し、昭和四八年度六月比の平均必要値上げ巾は製品換算一キロリットル当り九〇八円であるとしたうえ、通産省担当官の民生用灯油の値上げに反対の意向を忖度して右油種価格への転嫁を前記の同年八月値上げ分にとどめ、また、通産省担当官の意向に従つてナフサ価格への転嫁額を多くし、かつ、右価格の会合における大方の考え方に従つて民生用灯油価格への転嫁分をガソリン価格に転嫁することにして右平均必要値上げ巾を各油種に展開した案を作成した。

(2) 共同行為

被告人斉藤、同岡田と意を通じた被告会社日本石油(株)販売部次長野田進一郎、被告人田村、同橘田、同泉、同松田、同川副、同大橋、同武信と意を通じた前記本田、前記早山と意を通じた前記武田、被告人説田及び同榎本は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については当日の会合に出席した他の右被告人ら並びに右野田、右本田及び右武田と共謀して)、同年九月三日、被告会社出光興産(株)において、価格の会合を開き、スタディー・グループの作成した右原案に基づいて協議した結果、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らが所属する被告会社一二社が(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して、いずれも同年六月比で一キロ当り、ガソリン三、〇〇〇円、ナフサ一、〇〇〇円、ジェット燃料油一、〇〇〇円、民生用灯油一、〇〇〇円、その他の灯油二、〇〇〇円、軽油二、〇〇〇円、A重油二、〇〇〇円、B重油六〇〇円及びC重油二〇〇円の各巾(額)で、ガソリンについてのみ同年一一月一日から、その他の油種については同年一〇月一日からそれぞれ値上げすることを合意し、そのころ、右野田は被告人岡田に、右本田は被告人武信に、右武田は右早山にそれぞれ右合意の結果を報告し、同被告人ら及び右早山はそのそれぞれ所属する被告会社の業務に関してこれを了承し、

さらに、被告人斉藤、同岡田と意を通じた被告会社日本石油(株)販売部長佐々木達三、被告人田村、同橘田、同泉、同松井と意を通じた被告会社共同石油(株)販売部担当部長玉河哲夫、被告人川副、同大橋、同武信と意を通じた前記本田、前記早山、被告人説田及び同榎本は、同年一〇月八日、被告会社出光興産(株)において、価格の会合を開き、同年九月三日の右合意ののち、国際石油会社の市況調整値上げ額が予測を上廻り、同年六月比の全油種平均コストアップ額が一キロリットル当り、一、〇九七円となることが判明したが、当時C重油価格の安値が続いている状態であつたので、右コストアップの転嫁不足分の一部をC重油に転嫁することにし、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが共同して同年九月三日に合意したC重油の右値上げ巾を一キロリットル当り四〇〇円と修正することを合意し、そのころ、右佐々木は被告人岡田に、右玉河は被告人松井に、右本田は被告人武信にそれぞれ右合意の結果を報告し、同被告人らはそのそれぞれ所属する被告会社の業務に関してこれを了承し、

ここに、C重油を除く右各油種につき同年九月三日ころ、C重油につき同年一〇月八日ころ、右被告人一一名及び右早山は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については他の被告人ら及び右早川と共謀して)、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して石油製品の値上げをする合意を遂げ、右各実施期日(C重油につき同年一〇月八日ころ)にその効力を発生させた。

5 事実第五の共同行為

(1) 共同行為に至る経緯

前記のように、同年一〇月一六日から原油の値上がりがあつたうえ、翌一七日にはOAPEC(アラブ石油輸出国機構、アラブ産油国計一〇カ国が加盟)諸国が、原油の生産削減とイスラエルを支持するいわゆる非友交国に対する原油共給の削減を宣言するなどしたため、当初非友交国とされたわが国においては、原油処理量の減少による固定費的諸経費の増加のほか、原油積載の混乱、タンカー運航スケジュールの乱れ及びタンカー用燃料費の増加を原因とするコストアップも加わつて、さらに大巾なコストアップに当面することが予測された。

価格の会合においては、同月二九日、右の事態に対応するため協議をし、同年一一月以降石油製品の値上げをすることを決めたが、緊急事態に当面して価格の会合に被告会社らから出席すべき者が多忙となつたため、今回は従来のように全員で会合を開いて協議することを止め、営業委員長の被告人斉藤並びに同副委員長の被告人泉、同松井及び同説田の四名が協議をして値上げの内容を決め、その他被告会社らの代表に個別にこれを連絡して協議したうえ全員で合意する方法をとることにした。そして、被告人斉藤ら右四名は、同年一一月一日ころ、ガソリンの値上げ巾を同年六月比で一キロリットル当り一万円にすることを合意した。

スタディー・グルレプは、原油FOB価格の計算につき、中東原油価格は、石油関係誌ミドル・イースト・エコノミック・サベイに掲載された各原油のRPBをそのまま使用し、各原油の輸入構成比率は、中東原油に比して高値である南方原油の輸入比率の増加が予想されるけれども、その点を考慮せずに昭和四七年度の実績値を使用し、また、通産省担当官の意向に従つてFOB価格の上昇をその原油がわが国に到着した時点において生じるものとみるいわゆる着ベース方式を採り、円レートは、昭和四八年一一月二日時点での同年一二月この決済の先物レートである一ドル二八一円を参考にすることにし、以上の方法によつて同年六月比の平均値上がり額を算出し、これに供給削減率(原油処理量の供給計画比減)が一五パーセントになる場合と二〇パーセントになる場合を予測してそれぞれ計算した固定費負担、フレート及びユーザンス金利の上昇分を加え、結局同年六月比の平均コストアップ額を製品換算一キロリットル当り、右一五パーセント減の場合で約四、〇〇〇円、右二〇パーセント減の場合で約四、三〇〇円とそれぞれ算出したうえ、コストアップの油種別展開については、これより先通産省の指導により家庭用灯油の元売り仕切り価格が同年九月末価格で凍結されていたので、右油種価格への転嫁はしないことにし、また、被告人斉藤ら右四名の意向に従つてガソリン価格への転嫁額を同年六月比一キロリットル当り一万円として右約四、〇〇〇円のコストアップを油種別に展開し、いずれも同年六月比一キロリットル当り、ガソリン一万円、ナフサ六、〇〇〇円、ジェット燃料油五、〇〇〇円、工業用灯油、軽油及びA重油各六、〇〇〇円、B重油三、〇〇〇円及びC重油二、〇〇〇円とした案を作成した。

(2) 共同行為

被告人斉藤、同泉、同松井及び同説田は、同年一一月六日、被告会社出光興産(株)において、価格の会合を開き、スタディー・グループが作成した右原案に基づいて協議した結果、右供給削減率を二〇パーセントとみることにし、平均コストアップ一キロリットル当り約四、三〇〇円の油種別展開については、右原案のナフサの値上げ巾六、〇〇〇円を、五、〇〇〇円に減額し、C重油の値上げ巾二、〇〇〇円を三、〇〇〇円に増額して右コストアップ平均額に合わせ、結局、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右会合の出席者らの所属する被告会社四社が共同して、いずれも同年六月比で一キロリットル当り、ガソリン一万円、ナフサ五、〇〇〇円、ジェット燃料油五、〇〇〇円、工業用灯油六、〇〇〇円、軽油六、〇〇〇円、A重油六、〇〇〇円、B重油三、〇〇〇円及びC重油三、〇〇〇円の各巾(額)で、C重油についてのみ同年一一月一日から、その他の油種については同月半ばころからそれぞれ値上げすることを合意したうえ、手分けしてその内容を連絡して了承を得ることにし、直ちに、被告人斉藤は同武信に、同泉は同大橋及び同榎本に、スタディー・グループの被告会社出光興産(株)販売部営業一課長出光昭は被告人斉藤の意を受けて同橘田に、同説田は同田村、同川副及び前記早山にいずれも右合意の内容をそれぞれ連絡し、また、スタディー・グループの被告会社日本石油(株)黒油課長田中一正は、その二日か三日後に被告人斉藤の意を受けて同岡田に報告し、右連絡又は報告を受けた右被告人ら及び右早山は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については被告人斉藤、同泉、同松井及び同説田と共謀して)、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、右各被告会社が(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)被告人斉藤、同泉、同松井及び同説田の所属する被告会社四社と共同して右合意の内容どおり値上げすることを了承し、ここに、右被告人一一名及び右早山は(ただし、被告人田村は、ガソリン及びジェット燃料油については他の被告人ら及び右早山と共謀のうえ)、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが(ただし、ガソリン及びジェット燃料油については被告会社太陽石油(株)を除く。)共同して石油製品の値上げをする合意を遂げ、右それぞれの実施時期に(C重油については同年一一月八日か九日ころまで)その効力を発生させた。

(四)  その他の構成要件事実

被告人らの右各共同行為当時、元売り会社の新規参入は行政指導により抑制されており、石油製品の生産及び販売の数量並びに価格につき、業法に基づく規制あるいは業法の運用として又は同法を背景として行なわれる行政指導等により競争制限措置がとられてはいたけれども、なお、右各共同行為における値上げの対象である石油製品の各油種ごとの、元売り段階における、わが国全域にわたる取引分野において、有効な競争が行なわれていたものであるが、被告人らは、事実第一ないし第五の共同行為により被告会社らの事業活動を相互に拘束し、公共の利益に反して、右の取引分野における有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらし、以て一定の取引分野における競争を実質的に制限したものである。

第二証拠の標目〈省略〉

第三構成要件事実の認定についての説明

一本件の構成要件事実

本件訴因に適用すべき罰則は、後に判示するように、被告会社らについては昭和五二年法律第六三号による改正前の独禁法第九五条第一項(法定刑は右改正前の同法第八九条第一項第一号後段)であり、被告人らについては右改正前の同法第八九条第一項第一号後段、第九五条第一項(構成要件補充)であつて、本件各訴因の構成要件事実は、被告会社らのいずれか一つの従業者である被告人らが、その所属する被告会社の業務に関して、その被告会社がその他の被告会社らと共同して対価を引上げて相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することになる行為をすることである。

二弁護人らの構成要件事実についての主張

主張は多岐にわたるが、その主要なものを左に要約する。

(一)  共同行為についての主張

1 共同行為の存否についての主張

右主張の要旨は、被告人らは、被告会社一二社が共同して石油製品の値上げをすることになるよう合意(共同行為)をしたことはなく、通産省が業界に対して石油製品価格につきガイドライン方式による行政指導を行なうにあたつて、ガイドラインの原案を作成してこれに協力したにすぎないというのである。

2 本件の主体についての主張

右主張の要旨は、本件の行為は、元売り業者の代表の集まりとして行なつたものではなく、営業委員会として行なつていたものであるというのである。

3 共同行為における被告人らの意思の連絡についての主張

右主張の要旨は、事実第二ないし第四につき、被告人らのうち一部が価格の会合に出席せず、その被告人らに代つて他の者が出席したことがあるが、この場合その被告人らにつき共同行為の要件である意思の連絡があつたとはいえず、また、事実第五については、被告人斉藤、同泉、同松井及び同説田を除くその余の被告人らは、右の意思の連絡を欠き、いずれも共同行為をしたとはいえないというのである。

4 「業務に関して」という構成要件についての主張

右主張の要旨は、被告人らの行為のうちにはそのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して行なつたものでないものがあるというのである。

5 被告会社太陽石油(株)及び被告人田村について主張

右主張の要旨は、右被告会社は、その石油製品の販売が元売りと流通段階を異にするから、本件共同行為の主体となる事業者であるとの要件を欠き、また、ガソリン及びジェット機燃料油を販売していないので、右両油種に関しては右の要件を欠くというものと解される。

(二)  「相互に事業活動を拘束し」という構成要件についての主張

右主張の要旨は、共同行為が成立するとしても(この点第三の二の(三)、(四)及び(五)についても同じである。)、本件各共同行為は、被告会社らの事業活動を相互に拘束するものではないというのである。

(三)  「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」という構成要件についての主張

右主張の要旨は、本件行為は、元売り価格の上限を設定したものであるから、独禁法の目的から考えて右構成要件にあたらないというのである。

(四)  「公共の利益に反して」という構成要件についての主張

右主張の要旨は、本件は、適法な行政指導下における行政協力措置であるから右構成要件にあたらないというのである。

(五)  本件の既遂時期についての主張

右主張の要旨は、不当な取引制限の罪は、共同行為に従つてその内容が実施されたとき初めて既遂に達するものであるが、本件においては右実施についての立証がなされていないから、右罪の既遂をもつて論ずることはできないというのである。

なお、右(二)ないし(五)の所論中共同行為がないことを前提としてその他の構成要件該当性を争うものがあるが、これについては触れない。

三争点についての判断

(一)  基礎的事実の認定

弁護人らの右主張に対する判断のために必要と思われる基礎的事実を左に認定する。なお、争点となつている、訴因における販売価格の引上げの決定の有無及びその主体あるいはそれが行なわれた場についての判断は後に譲り、右に対応する事実につき、一応被告人らの価格の会合における値上げ内容の合意という表現を用いることにする。

1 OPEC攻勢前の石油製品価格についての行政の介入

この時期において石油製品価格について行政介入が行なわれたことは前記認定のとおりであるが、以下この点につき補充する。

通産省は、昭和三〇年、石炭をエネルギー源の柱とする炭主油従政策を推進するため石油業界に対し重油価格の高値維持を指導し、業界はこれに従つた結果、ガソリン安、重油高の価格体系が形成された。また、通産省は、昭和三一年秋の第一次スエズ動乱に起因するタンカーフレート及びわが国が輸入する石油製品価格の上昇に対処するため、昭和三二年二月から約四カ月間の短期間ではあつたけれども、その不遵守に対しては外貨割当額を削減する等の制裁措置をとることを示しながら、石油製品の価格上昇抑制等の緊急指導を行ない、業界はこれに従つた。ついで、通産省は、昭和三五年、エネルギー政策を油主炭従へ転換したが、貿易の自由化が必至となつた情勢の下に、国際競争力を強化するためエネルギー・コストの低減化を希望する諸産業の要請に応えて、石油業界に対し、重油価格の引下げを強く指導し、業界はこれに従つた。

昭和三七年七月一〇日に業法が施行されたが、その前、通産省が石油輸入自由化を目前にして昭和三五年度下期の原油輸入に対して余裕のある外貨割当をし、石油各社も業法によつて設備の新増設につき許可制がとられることになるため設備の駆け込み的増設を行なつたので、石油各社の激しいシェア拡大競争が行なわれるに至り、その結果市況は著しく低落して原価を割り込むまでになつた。そこで、通産大臣は、昭和三七年一一月一〇日、右の状態を放置するときは、石油の長期的な安定的供給が困難となるとともに、石炭産業をはじめ関連産業に対して重大な影響を与えることになるとして、前記のとおり、自動車用揮発油及びC重油の標準価格をいずれも一キロリットル当りそれぞれ一万一、三〇〇円及び六、八〇〇円とする旨告示し、対象業者に対し、その平均販売価格がこれを下廻つてはならない旨指示した。右標準価格は、石油製品の標準価格について諮問を受けた石油審議会が、官民共同で作成した原案に基づき審議したうえ行なつた答申に従い、原価ベースの全油種の平均価格を九、八五〇円とし、これを国内価格体系五〇パーセント、海外価格体系五〇パーセントの割合で算出した価格体系を基準として、基本的には等価比率方式により各油種に配分して求められた額である。

通産省は、右告示に先立ち、精製、元売り各社社長から、右標準価格を遵守すること及びこれに違反したときは制裁に服する旨の同月八日鉱山局長宛の誓約書を提出させ、ついで昭和三八年一月一七日、石油業法施行規則の一部改正により業法第二一条に基づく第一六条を設け、精製、元売り業者に対し、自動車揮発油、灯油、軽油、A重油、B重油及びC重油の前月分の品種別及び販売先別の平均販売価格等を毎月二〇日までに通産大臣に報告すべき義務を課するとともに、石油審議会の右の答申の趣旨に則り、同年三月一日ころ、精製、元売り各社社長に対し、灯油、軽油、A重油及びB重油の価格を示し、前記の標準価格が右の全油種平均の精製販売原価の回収のため定められたことにかんがみ、右指示価格を充分参考にしたうえ各社の油種別平均販売価格等を届け出るように求めて事実上右価格の遵守を要請するなどして、標準価格設定の目的達成のため積極的な行政指導を行なつた。なお、ナフサについては、石油化学業界やその原局である通産省軽工業局の反対があつて標準価格は設定されず、指示価格も示されなかつたが、通産省の依頼による石油審議会会長植村甲午郎の斡旋によつて石油業界と石油化学業界との間に取引基準価格が定められた。また、その他標準価格実施に伴う細部の指導も行なわれた。

そして、市況は、右標準価格の設定後一時持ち直したものの、昭和三八年度に入つてから需給バランスの崩れ等の諸般の事情によつて業界におけるシェア拡大競争が激しくなつたため暴落したが、通産大臣及び通産省担当官は、昭和三九年四月から同年七月にかけ相次いで、業界に対し、過当競争の排除及び標準価格の遵守を求め、具体的方策で示して市況是正に努力することを強く要請し、業界もこれに従つて市況対策に努める一方、同年一月以降の通産省の生産調整の直接指導による需給関係の改善が進められたこともあつて、同年末から市況は急速に回復し、右標準価格は昭和四一年二月一五日限り廃止された。

通産省は、昭和四〇年以来業界の協力の下に市場基盤整備施策をとり、昭和四二年から業界に対して販売秩序の維持を要請するなどして市場基盤の整備に努めた結果、従来のような過当競争は起らなくなつたが、通産省は、昭和四二年一月に被告会社出光興産ほか数社の東京電力への重油の不当安値応礼に対する制裁措置として重油輸入発券を一時留保したり、昭和四四年四月に業界に対して市況是正のため過当競争を自粛するよう勧告したり、また、昭和四三年度以降問題となつた石化向ナフサ及び低硫黄C重油の供給確保のため必要と考えられる右両油種の価格是正に関して石油業界と需要業界との話合いを指導し、C重油については成果を得られなかつたけれども、ナフサについては昭和四四年度下期からの値上げ実現をみるなど必要の都度市況是正の指導を行なつた。

2 昭和四六年ころから本件当時までの石油行政機構

昭和四六年ころ以降の石油行政は、昭和四八年七月二四日までは通産省鉱山石炭局(局長は、当初本田早苗、昭和四六年七月から荘清、昭和四七年七月から外山弘である。)が、昭和四八年七月二五日以降は同省の外局である資源エネルギー庁(長官は山形栄治である。)がそれぞれ所掌し、鉱山石炭局に石油関係事務を分掌するため石油計画課(課長は、当初栗原昭平、昭和四六年七月から鈴木両平である。)、石油業務課及び開発課が置かれ、昭和四七年以降は右三課の事務を総括する参事官一名(飯塚史郎)が置かれたが、同年三月までは右参事官と同様の職務を有する大臣官房審議官一名(当初は礒西敏夫、昭和四六年六月一五日から右飯塚)が置かれていたのであり、資源エネルギー庁に石油関係事務を分掌するための石油部(部長は熊谷善二である。)、その下に計画課(課長は、当初右鈴木、昭和四八年一〇月一九日から高谷武夫である。)、精製流通課及び開発課が置かれていた。右石油計画課及び石油部計画課は石油に関する政策及び計画の立案及び標準価格に関する事務を行ない、石油計画課には総括班(班長は、当初岡松壯三郎、昭和四七年九月一六日から角南立である。)、計画調査班(班長は、当初小田肇、昭和四七年七月から田村勝則であり、同年七月以降の同班計画係長は木月正善である。)及び企業班(昭和四七年四月から振興班となる。)が、石油部計画課には総括班(班長は右角南である。)、企画振興班及び計画調査班(班長は右田村である。)がそれぞれ置かれ、右各総括班は総括係において課の事務の総合調整に関すること並びに原油及び石油製品に関する基本政策の立案(石油計画課時代のみ)等の事務を、右各計画調査班は調査係において石油事情の調査等及び計画課において石油製品の価格に関すること(昭和四七年七月から)等の事務を、企画振興班は企画係において石油及び石油製品に関する基本政策の企画立案に関すること等の事務をそれぞれ行ない、かつ、総括班長は重要な事項につき他の班の所掌事務の取りまとめを行なつていたものであり、石油製品の価格に関する行政は、主として右石油計画課、石油部計画課、就中右に挙げた各班がこれを掌つていたものである。

3 昭和四六年四月の石油製品の値上げ

(1) 値上げの概要

OPEC第一次ないし第三次値上げに伴う原油の値上がりに対応するため、業界では営業委員会において石油製品の値上げについて協議することになつたが、値上げ額の計算作業を重油専門員委会の委員長である前記野田を座長とするスタディー・グループに行なわせることにし、スタディー・グループがテヘラン協定直後から右作業を始め、営業委員会は、昭和四六年二月二二日ころからスタディー・グループが作成した原案に基づき協議を進めた結果、同年四月ころ、業界全体の昭和四五年度上期比の原油(金利負担分を含む。)のコストアップ平均額を製品換算一キロリットル当り一、一〇〇円とし、そのうち一バーレル当り一〇セント(一キロリットル当り約二四〇円)分を業界で負担することにし、その分を差引いた約八六〇円につき、まず等価比率方式により各油種に展開したのち、白灯油価格を同年二月から三月の価格水準に据置き、右油種価格に転嫁すべき分をナフサ及びC重油価格に上乗せ転嫁することにして、いずれも同年三月の各社の販売実績価格比で一キロリットル当り、ガソリン二、〇〇〇円、ナフサ七〇〇円、ジェット燃料油一、〇〇〇円、軽油一、〇〇〇円、A重油一、〇〇〇円、B重油八〇〇円、C重油六五〇円及び副製品一、五〇〇円の各巾で全元売り会社が値上げすることにした。

(2) 行政の介入

イ 当初の抑制姿勢

通産省は、昭和四六年一月からのOPEC諸国と国際石油会社との間の原油価格交渉の推移からみてその値上げが大巾なものとなることが予想されるに至つた同年二月初めころ、業界に対して国際石油会社との値上げ額を低くするための交渉に努力するよう要請するとともに、本田局長が当時の石連会長出光計助に対し、原油の値上りがあつても、その分の石油製品価格への転嫁は、油種別の負担が公平で、しかも産業政策、物価対策及び民生対策を加味したものであるべきこと及び値上げする場合には、業界で勝手にこれを行なわず、通産省に事前に連絡することをそれぞれ指示し、また、宮澤喜一通産大臣が同月ころの国会において原油値上がり分を安易に製品価格に転嫁しないよう業界を指導している旨発言するなどして、業界に対する石油製品の値上げ抑制の姿勢を示した。

業界においては、通産省の要請に応じ、出光石連会長ら業界代表四名からなるいわゆる四人委員会が窓口となり、同月下旬ころから国際石油会社と原油の値上げ額を低くするための交渉に入つて努力したが、右交渉は同年三月一八日か一九日ころ不首尾に終り、その後は各社の個別交渉を行なうほかなくなつた。

ロ 一〇セント負担指導

通産省は、同年三月五日ころから、石連から提出させた昭和四五年度下期の石油会社の決算見通しの集計資料や石油計画課においてまとめた昭和四五年度上期から同下期にかけての石油製品価格の値上がり状況についての資料等により業界のコスト負担能力の有無を調査し、当時の経済政策、物価対策及び民生対策の観点からも検討したうえ、コストアップ分の一部を業界に負担させるのが相当であると判断し、栗原課長が同月九日ころ当時の営業委員長渡邊武夫に対し、また、本田局長が同月中旬ころ出光会長に対してそれぞれ右の意向を伝えてその実現を要請した。

一方業界においては、出光会長が、同年二月上旬ころ、コストアップ分を国際石油会社、わが国石油会社、国及び需要家の四者で、あるいは右四者のうち国際石油会社を除く三者でそれぞれ分担せざるをえない旨のいわゆる四方一両損あるいは三方一両損の考え方を提唱していたが、業界の一部負担に反対する意見も多く、同年三月九日の時点において通産省に対し反対意見を表明したこともあつたが、結局同月一五日ころに石連常任理事会において通産省の右要請を受諾することになつた。

ついで、通産省は、原油は値上がりしているけれども、石油製品が昭和四五年度下期以降ある程度値上がりしていること、国際石油会社との交渉は悲劇的であるけれども、個別的にはなお多少の値引き要素が残つていること及び石油企業に合理化努力を求めるべきであることなどを総合的に判断して、原油一バーレル当り約一〇セント(製品換算一キロリットル当り約二三五円)を業界に負担させるとの指導方針を定め、礒西審議官らが昭和四六年三月末ころ出光会長に右方針を指示し、また、通産大臣が、同年四月一六日、試算された原油値上がり巾製品換算一キロリットル当り一、一〇〇円のうち原油一バーレル当り約一〇セント分を業界の負担とし、その残りの一キロリットル当り約八六〇円を石油製品価格に転嫁する旨の一〇セント負担を柱とし、かつ、一般消費者向け灯油については価格上昇防止につき所要の指導を行ない、その他の油種についても便乗値上げが行なわれないよう業界に強く警告する旨を附記した指導方針を記者会見で発表し、さらに、栗原課長が同月二二日に業界の要望に応じて営業委員会で右方針について説明した。

ハ 油種別値上げ巾の指導等

通産省では、小田班長が中心となつて、昭和四六年初めころから原油値上がり巾及びその油種別展開の計算を進め、また、業界では、同年二月初めころ本田局長から出光会長に対する公平転嫁案の作成要請もあつて、スタディー・グループが右計算を進め、通産省担当官とスタディー・グループとの間で資料や意見の交換が行なわれたが、同年三月四日ころまでに、小田班長は、「46.3.4付原油FOB値上がり額試算〓と題する書面」一枚をまとめて、原油平均値上がり巾を製品換算一キロリットル当り一、〇五三円と算出し、営業委員会は、スタディー・グループの作成した原案に基づき検討したうえ、右の額を一、一一三円と算出し、これを燃料油のみに展開した油種別値上げ巾を業界案とした。

栗原課長は、同年三月九日ころ、渡邊委員長に対し、通産省としては業界に対して石油製品値上げにつき油種別価格を示して指導する方針である旨述べた。

同月九日ころから同月中旬ころにかけて前記のようにコストアップの業界一部負担が決つたので、スタディー・グループは、同月一八日ころ、通産省担当官の依頼を受けた渡邊委員長の指示により業界の負担を一バーレル当り五セントとした場合と一〇セントとした場合のそれぞれのコストアップの油種別展開案をまとめ、渡邊委員長は、同月一九日ころ、礒西審議官及び栗原課長らに対して右資料を提出してこれに基づき説明したうえ、同担当官らと協議したが、通産省側と業界側のそれぞれの原油値上がり巾の計算値の間に若干の差があつたため、今後両者共同でコストアップ計算及びその油種別展開の作業をすることになつた。

そこで、小田班長、スタディー・グループの一員である被告会社日本石油(株)販売部黒油課調査係長高階靖之及び石連財務部税制課長心得竹本正が中心となつて同月二二日及び二三日の両日にわたつて共同作業をした結果、「46.3.22付原油FOB値上り額試算(通産・石連調整后)」一枚をまとめ、原油FOBの平均値上がり巾は一キロリットル当り一、〇三三円で、これを当時岡松班長と野田座長との間で合意していた製品換算率96.5パーセントとして製品換算し、右同様合意していたユーザンス(為替手形の支払延長)金利の負担増加分をこれに加えると、コストアップ巾は最終的には一キロリットル当り一、一〇〇円となることが確認され、また、右コストアップの油種別展開について種々の試算が行なわれた。

渡邊委員長らは、同月二四日ころ、栗原課長らに対し、野田座長が右の共同作業をまとめた書面及びスタディー・グループ作成の業界負担を原油一バーレル当り五セント及び一〇セントとした場合のそれぞれの業界希望の油種別展開案を提出して、これらに基づき説明したが、同課長らは、業界負担は原油一バーレル当り一〇セント程度になりそうである旨述べるとともに、右業界案でのナフサ価格への転嫁巾は低すぎる旨指摘した。それで、スタディー・グループは、業界負担を原油一バーレル当り一〇セントとして、右業界案のナフサ価格への転嫁を二〇〇円から五〇〇円に修正し、その分を他の油種の価格への転嫁巾で調整した修正案を作成し、石連においても右案を了承した。渡邊委員長は同月二六日ころに右案を栗原課長らに提出して受理されたが、同月末ころ前記のように一〇セント負担の指示があつたので、業界では同年四月一日から右修正案どおり値上げを実施することにした。

ところが、栗原課長は、同年四月一三日ころ、出光会長不在のためその代理として被告会社出光興産取締役業務部長で石連原油委員である大西彰一を呼び、同人に対し、右修正案をさらに修正して灯油価格への転嫁額を零とし、その分をいずれも一キロリットル当り、ナフサ価格に二〇〇円及びC重油価格に五〇円それぞれ上乗せして転嫁するように指示し、渡邊委員長が営業委員会副委員長らとの協議に基づき右修正案どおり値上げしたい旨申し入れたのに対し、工業用灯油については右申し入れを了承したが、民生用灯油についてはこれを受け入れず、ついで、小田班長は、同日、野田座長に対し、いずれも製品換算一キロリットル当り、平均コストアップ巾を原油値上がり巾一、〇七〇円及び金利負担増加分三〇円の合計一、一〇〇円、一〇セント負担後の平均値上げ巾を八六〇円として、これを油種別に展開して、ガソリン二、〇〇〇円、ナフサ七〇〇円、ジェット燃料油、軽油及びA重油各一、〇〇〇円、B重油八〇〇円、C重油六五〇円並びに副製品一、五〇〇円とする旨の通産省側の値上げ巾の数字を連絡したので、業界はこれに従つて前記認定のように値上げをすることにした。

検察官は、右のように通産省担当官が油種別値上げ巾を示して業界を指導したことはない旨主張するけれども、〈証拠〉を総合すると、所論指摘の右事実を認定できる。検察官は、右主張の根拠として、栗原証言及び岡松証言によれば、当初は油種別値上げ巾まで示して指導するとの考え方もあつたが、ナフサについての原局である通産省化学工業局の了解を得ることができなかつたため、油種別価格を示して指導することについて省内の意思統一ができず、また、石油各社ごとに製品の油種構成に違いがあるため、油種別値上げ巾を設けることは各社の利害関係の調整上困難を伴うことになるので、油種別値上げ巾までの指導はせず、ナフサ及び電力用C重油につき需要業界の応分の負担による協力を期待するに止めたというのであり、右各証言の内容は合理的で信用性が高いこと及び前掲の一〇セント負担指導文書にも、また宮下証言によつて、栗原課長が昭和四六年四月二二日石連において右指導方針を説明した際これに列席した宮下石連業務部長がその場で説明内容をメモしたうえ、後日これを整理したものと認められる文書にも、油種別値上げ巾は全く記載されていないことを挙げる。しかし、栗原証言五一回によれば、右指導文書は省内の思想統一文書としてまとめられたものと認められ、栗原証言五〇回によれば、右の栗原課長の説明も右文書に沿つてなされたものにすぎないものと認められ、いずれも通産省全体としての表向きの指導方針を示すものではあつても、石油行政担当者の指導の実態を示すものとは認めがたい。そして栗原証言及び岡松証言を仔細に検討すると、通産省内で右平均値上げ巾の油種別展開を行なつたかどうかや灯油値上げ抑制指導を行なつたかどうかなどの重要な点についての両証言の間に大きな矛盾があり、かつ、岡松証言からはむしろ油種別値上げ巾の指導が行なわれたことを僅かながら窺われさえするのであつて、所論指摘の栗原及び岡松各証言も右同様指導の実態をありのままに述べているものとは考えがたい。それで、所論の指摘するところはいずれも前記認定の反証とはならない。さらに検察官は、岡田供述あるいは出光計助供述などの、通産省の右価格抑制指導の効果を挙げるためには油種別値上げ巾を設けて指導する必要があつた旨の各供述に対し、油種別値上げ巾を示す方がより具体的な指導方法ではあるけれども、平均値上げ巾を示すだけでも値上げ抑制の効果をもたらすに十分であるから、右各供述をもつて油種別値上げ巾の指導があつたことの証拠とはなしえないと反論するけれども、油種別展開の方法が必ずしも確定したものではなく、石油会社の油種構成及び価格水準がそれぞれ異なることをも考慮すると、右所論は採用することができない。

4 昭和四六年一〇月、一一月の灯油価格指導

通産省は、石連会長及び全国石油組合連合会等の団体の代表者に対し、いずれも鉱山石炭局長荘清名義の灯油価格の安定化対策についてと題する各書面により、灯油が国民生活に密着した物資であり、その価格安定が国民生活の安定上重要であるため、元売り各社の白灯油価格を昭和四六年冬は値上げせず、前需要期である同年二月から三月までの各社それぞれの平均価格(したがつて、元売り会社の加重平均価格一万二、〇八一円ではない。)以下にするよう元売り各社を指導する措置を講ずる旨通知した。

右は、同年四月値上げに際してすでに行なわれた灯油価格についての前記の指導の事実と対比すると、右事実を公表したにすぎないものと認められる。

5 昭和四六年一二月の為替差益還元問題についての行政の態度

前記認定のように昭和四六年八月以降の為替相場の変動に伴つて次第に円高となつたため、わが国石油会社の原油コスト差益を生じ、石油産業は差益産業であるとされ、同年一二月二〇日に固定相場制に戻つて円の対ドル交換レートが一ドル三〇八円となつて円の切上げ(切上げ率は14.44パーセント)が確定すると、石油会社に対する差益還元要求の世論が一段と強くなつた。

通産省は、小田班長が中心となつて、スタディー・グループ及び石連事務局協力の下に、業界に差益還元の余地があるかどうかを判断するため収支見通し計算を度重ねて行なつた結果、石油製品価格は昭和四六年度下期以降国内経済の不況に基づく需要伸び率の減退を反映して下落する傾向にあり、また、ドルの減価を理由とする産油国の通貨調整値上げが予想されたため、昭和四六年度及び昭和四七年度の業界利益は右差益があるのに拘わらず大巾に減少する見通しとなつたので、荘局長らが、昭和四六年一二月二〇日ころ、業界に差益還元の余地はない旨新聞発表した。

6 昭和四七年四月の石油製品の値上げ

(1) 値上げの概要

OPEC第四次値上げに伴う原油の値上がり及び当時の石油製品の需要の伸びの鈍化に伴う固定費増加のコストアップ分と昭和四六年四月の値上げの未達成分を石油製品価格に転嫁して値上げするため、業界では、前記認定の価格の会合において、昭和四七年一月下旬ころから、スタディー・グループが作成した原案に基づいて協議した結果、同年二月半ぼごろ、一〇セント負担を継続するという前提で、業界全体の昭和四五年度上期比の右コストアップ等の平均額を一キロリットル当り三〇〇円とし、これを油種別に展開して、いずれも昭和四六年一二月の各社の販売実績価格比で一キロリットル当り、ガソリン一、〇〇〇円、ナフサ二〇〇円、ジェット燃料油三〇〇円、軽油三〇〇円、A重油三〇〇円、B重油二〇〇円、C重油二〇〇円及び副製品四〇〇円の各巾で被告会社らが昭和四七年四月一日から値上げすることを決定した。

(2) 行政の介入

昭和四六年五月営業委員長に就任した被告人岡田は、昭和四七年一月二四日か二五日ころ、鈴木課長に対して前記のように石油製品の値上げの必要があることを説明した。岡松班長は、野田座長の意見をも聞きつつ業界の収支見通しに関する試算を進め、同月三一日ころ、昭和四六年一〇月から同年一二月までの平均市況水準で昭和四七年も推移するとの前提に立てば、OPEC攻勢前の昭和四五年度上期に比し、昭和四六年度で一三〇億円、昭和四七年度で四七〇億円の利益落込みとなるとの試算をまとめたが、なお昭和四五年度上期からコスト上昇巾の製品価格の上昇巾とを比較して価格コストに見合つているとの計算結果を根拠にして、元売り会社に対し、昭和四七年度上期における値上げは必要でない旨の判断を示した。

岡松班長の見解は一〇セント負担を継続することを前提とするものであるので、価格の会合で相談の結果、岡田委員長は、同月二月一日ころ、鈴木課長に対して一〇セント負担の解除を求めたが、容れられなかつた。しかし、鈴木課長は、その際、現実の市況悪化と固定費圧迫の増大とを理由すると値上げについて理解を示した。

ところが、鈴木課長は、同日、岡田委員長に対して経済企画庁の強い反対を理由として一転して値上げは認められない旨伝えたので、同委員長は、事態を打開するため業界首脳と鉱山石炭局幹部との会談を準備し、同年三日会談が開かれることになつた。

そこで、会談に先立ち、岡松班長、野田座長及び前記竹本は、同月二日及び三日、市況の見通し及び固定費圧迫について業界側作成の資料等に基づいて協議した結果、固定費圧迫があることは認めるが、固定費負担の増加額は一〇セント負担額とほぼ同額とみなしてそのいずれをも計算上表示しないことにし、市況の値下がりした昭和四六年一二月の価格水準のまま昭和四七年以降も推移するとすれば、昭和四七年度の業界収支見通しは、昭和四五年度における平均利益単価に昭和四七年度の製品予測数量を乗じて計算した同年度の利益予測額に比し七五一億円(一キロリットル当り約三〇〇円)の減少となるという結論になり、「昭和四七年二月三日付昭和46年度及び47年度切上げとOPEC原油値上げに伴う石油関係の差損益について(試算)と題する書面等」二枚にまとめられた。そして、スタディー・グループは、右平均三〇〇円の油種別展開案を作成した。

そこで、昭和四七年二月三日、荘局長はじめ鉱山石炭局幹部と上村英輔日本石油(株)会長はじめ元売り数社の社長ら業界首脳、ついで、同月五日、飯塚審議官はじめ同局幹部と右業界首脳の各会談が開かれ、席上、岡松班長が業界の収支見通しについて説明し、岡田委員長及び業界首脳が値上げの必要性とスタディー・グループの作成した業界の油種別展開案についての説明をした結果、通産省担当官は右平均値上げ巾について了承した。

岡田委員長は、同月下旬ころ、前記のように価格の会合において合意した値上げ内容を鈴木課長に説明し、同課長は、これを了承したが、その際、今後値上げの必要が生じたときは、予め話しに来るようにと指示した。その後、野田座長は、岡松班長に対し、右合意した油種別展開について資料を提出してこれに基づいて説明した。

検際官は、鈴木証言及び岡松証言によれば、同人らは、灯油以外の各油種の値上げについては業界の自主的判断に委ねることにし、業界にその旨伝えたことが認められ、右岡松証言及び「47.3.3発行日本経済新聞夕刊三面(縮刷版)」一枚によつて認められるように、物価対策閣僚協議会が昭和四七年三月三日灯油以外の石油製品については今後の価格動向を監視する旨の方針を発表した事実は右を裏付けるものである旨主張するけれども、右認定の首脳会談に至る経過、首脳会談の内容、その後の岡田委員長らと通産省担当官との折衝などに徴すると、その意味、性質いかんはともかく、通産省担当官が業界希望のとおりの値上げを了承する旨の意思を表示したことは認めることができ、右鈴木及び岡松各証言並びに物価対策閣僚協議会の発表の事実をもつて右認定を左右するに足りない。

7 昭和四八年一月の石油製品の値上げ(事実第一)

(1) 値上げ内容の合意に至るまでの経緯と行政の介入

中東原油について、OPEC第五次値上げに伴う昭和四八年一月からの値上がりが確定しており、また、ペルシャ湾岸五カ国と国際石油会社との間の事業参加についての包括的協定(いわゆるニューヨーク協定)が昭和四七年一〇月五日成立したとの報が伝えられて事業参加に伴う値上がりも予測されるようになり、そのうえ、昭和四七年八月から九月にかけてのスタディー・グループの調査によつて昭和四六年度以降の石油製品需要の伸びの鈍化による固定費圧迫が増大しつつあることが判つたので、昭和四七年一〇月中の価格の会合において、右のコストアップを一〇セント負担をせず、全額必要値上げ巾に含め、しかもこれを灯油も含めた全油種に展開して昭和四八年一月から石油製品の値上げをする意向を固めた。

被告人岡田は、昭和四七年一一月はじめころ、鈴木課長に対し、右値上げの意向を話したところ、同課長は、事業参加に伴う原油値上がり分についてはその額が確定するまで待つた方が良いと述べ、一〇セント負担については明確な意見を述べず、灯油の値上げは差し控えた方が良い旨述べた。それで、スタディー・グループは、通産省担当官の右の意向に従い、一〇セント負担はしない前提で、OPEC第五次値上げに伴う分を含めて昭和四五年度上期比の原油CIF価格の上昇分、ポート・デュー及び昭和四六年度から昭和四七年度にかけての固定費負担の増加分をコストアップ巾とし、製品価格の値上がり巾を昭和四六年三月比で計算するいわゆる段違い計算方法により、昭和四七年八月価格比の要回収巾を一キロリットル当り六二〇円と算出し、灯油についてはこれまでの指導上限価格横這いということにしてこれを油種別に展開した原案を作成し、被告会社全部の代表が出席した昭和四七年一一月二七日の価格の会合において、右原案に基づき協議した結果、右出席者らは右原案の内容を了承した。

野田座長は、同年一二月はじめころ、角南班長に対して右値上げの内容を説明したところ、同班長は、一〇セント負担の撤廃について反対である旨の意向を示した。それで、被告会社八社の代表が出席した同月四日の価格の会合において、一〇セント負担の解除をあきらめることにし、スタディー・グループは、右の方針に従つて、前記認定のように必要値上げ巾の計算要素を前記のOPEC第五次値上げに伴う原油値上がり分とこれまでの未回収分とし、一〇セント負担を前提とする修正原案を作成した。

(2) 値上げ内容の合意と行政の介入

同年一二月七日及び同月一八日に値上げ内容の合意がなされたことは前記認定のとおりであるが、右合意においてガソリンの値上げ実施時期を他の油種より遅くしたのは、末端までの浸透に時間がかかると考えられたからであり、その際、ガソリンの値上げの発表にあたつては、右合意のあつたことを陰蔽するため打出日(発表内容での実施期日)を各社ばらばらにすることを申し合わせ、同月一八日の価格の会合において、被告会社日本石油(株)の打出日を昭和四八年一月四日とし、その後一週間ぐらいの範囲内でその他の各被告会社の打出日をばらばらに決定した。

被告人岡田は、同月二〇日ころ、鈴木課長に対して右値上げの内容を説明したところ、同課長は、大筋において了承するが、細かい数字のつめは事務局同士で行なうようにとの趣旨を述べ、ついで、野田座長は、同月二四日ころ、田村班長に対して右値上げ内容の資料である「47.12.21付無題の表」を提出してこれに基づいて説明したが、同班長は特に意見を述べなかつた。

検察官は、鈴木証言三六回、角南証言四六回及び田村証言三七回によれば、通産省担当官が右のように値上げの内容を了承したことは認められない旨主張するけれども、右各証言は、前掲の右認定に沿う積極証拠及びこれらにより認められる値上げ内容の合意の経緯等に徴して信用できないので、右主張は採用できない。

8 昭和四八年二月の石油製品の値上げ(事実第二)

(1) 値上げ内容の合意

必要値上げの計算につき、まず、その計算要素として、昭和四八年一月の値上げにあたつては事業参加に伴う原油値上がりに対応する値上げを行なうことを予定してとりあえずは含めなかつた固定費負担の増加分を当然のこととして取り入れた。つぎに、前記認定のような新しい計算方式をとつたのは、被告人岡田が昭和四七年一二月二〇日ころ鈴木課長に昭和四八年一月値上げの内容を説明した際、同課長から、計算根拠中の未回収という表現には問題があるから、今後の課題として右表現を考え直すことを検討する必要がある旨指摘され、スタディー・グループが新しい計算方式を工夫していたところ、前記の昭和四七年四月値上げの際、野田座長と岡松班長との間で一〇セント負担後の想定利益がほぼ昭和四五年度の業界平均のキロリットル当り利益巾に見合うことが話し合われたことがあり、右の点からすると一〇セント負担の継続を前提とすると、前記の段違い方式で計算した平均必要値上げ巾から一〇セント差引いた金額と昭和四五年基準の新方式で算出した数字とはほぼ一致することになり、新しい方式によつても未回収の表現を除くことにはならないけれども、実質的には一〇セント負担を継続しながら計算上これが表示されないことが通産省担当官の意向に沿うことになるとともに、コスト及び価格の起算点にずれを生じない利点があると考えたためである。さらに、原油の平均値上がり巾は、従来中東・南方両原油の平均として計算された来たが、中東原油のみの平均で計算するいわゆる中東ベースの考え方と中東・南方両原油の平均で計算するいわゆる中東・南方プールの考え方のいずれもそれなりの妥当性があると認められるところから、その両方の考え方で計算したが、結局中東・南方プールの考え方による数字をとることになつた。

そして、値上げ内容の合意にあたつて、同年一月の値上げのときと同様の理由により、ガソリンにつき、実施時期を他の油種より遅らせ、また、打出日を各社ばらばらにすることを申し合わせた。

(2) 行政の介入

被告人岡田は、昭和四八年一月一〇日ころ、鈴木課長の求めに応じて同課長、角南班長及び田村班長に対し、右値上げの内容を説明するとともに、被告会社日本石油(株)取締役販売部長松浦達也から同被告会社としての値上げの考え方につき説明させたが、同課長は、同被告人に対し、事業参加協定に伴う原油値上がり額は確定しているか、右値上げの内容で一〇セント負担の取扱いはどうなつているか、通産省企業局企業調査課から石油計画課宛の事業参加協定に伴う原油値上がりに対応する同課の指導方針の問合せとこれに関する右企業調査課の要望事項を記載した「48.1.10付原油値上り問題について企業調査課と題する書面」一枚を示して、右要望事項にあるようにガソリンも灯油と同様家庭用あるいは大衆用物資となつて来ていることにかんがみ、ガソリン価格への転嫁分を他の油種に振替え転嫁することができないか及び他の各社は実施期日に全額値上げする考えであるかについて質問し、同被告人は、被告会社日本石油(株)に対しては既にカルテックスから右の分の値上げの通告が来ているが他社の分については直接聞いて欲しい、一〇セント負担の取扱いについては事務局から詳しく説明させる、ガソリン値上げについての右要望には応じかねる、他社の値上げについての考え方については直接聞いて欲しい旨答えた。そのうえで、同課長は、同被告人に対し、右値上げの内容を大体了承するが、数字は事務局につとめさせようという趣旨を述べ、同被告人は、右の値上げの内容が了承されるものとの感触を得た。そして、同被告人は同日飯塚参事官に対しても右原油値上げ通告について説明した。

田村班長は、同日、スタディー・グループの一員として計算作業を担当していた田中一正に対し、右の企業調査課の問合せと要望に関連して、右値上げの内容について、一〇セント負担を継続する内容のものであることを明らかにし、その根拠である事業参加協定に伴う原油値上がりと市況調整値上げの額を裏付け、また、ガソリン価格への転嫁巾が大きく、ナフサ及びC重油価格への転嫁巾が小さいことの数字的根拠づけとなる資料を作成して提出するよう求めた。それで、右田中は、同月一二日か一三日ころ、田村班長と右資料作成の方法について打ち合せ、前記の原油値上がり巾を中東・南方プールで計算することを決めたのち、右資料をとりまとめ、野田座長及び右田中は、同月一六日ころから同月一八日ころまでの間、角南班長に対し、右資料に基づき平均必要値上げ巾の根拠について実質的に一〇セント負担を継続することになつている(厳密に言えば、業界が一〇セント負担より一キロリットル当り一三円多く負担することになつている。)ことを中心として説明し、その説明途中右資料の内容を若干修正したり追加したりし、最終的な平均必要値上げ巾の根拠資料として「48.1.18付テヘラン協定・パーティシィペーションによる原油値上りに伴う石油業界収益予想と題する書面」一五枚をまとめて提出した。また、ガソリン価格への転稼巾等の点については、それまでも右田中が油種別展開の理論的、数字的根拠づけは困難である旨説明していたが、それでも何通りかの試算をして提出し、従来のような等価比率方式による配分では昭和四七年から昭和四八年にかけて起つている石油製品の需要構造の変動に対応できないので右のような展開になつた旨説明した。

右の経過を経て、同班長は、同月二〇日ころ、右田中に対して右値上げの内容を了承した。

検察官は、〈証拠〉を総合すれば、通産省担当官が右のように値上げの内容を了承したことは認められない旨主張するけれども、前掲の右認定に沿う積極証拠及びこれらにより認められる値上げ内容の合意の経緯等に徴すると、右主張を採用するに足りない。

9 昭和四八年二月の為替差益還元問題についての行政の態度

前記のように、昭和四八年二月上旬からの国際通貨情勢の変動に伴つて円高ドル安となつたが、角南班長は、同月中旬ころ、前記田中に依頼して同人から右円高が石油製品価格に及ぼす影響についての資料である「48.2.1148.2.15付円レートと差益の関係1と題する書面等」三枚の提出を受け、ついで、鈴木課長は、同月一五日ころ、被告人岡田に対し、円高による原油の仕入差益還元の行政指導をする旨の対外的発表を行ないたい旨の意向を示したので、同被告人は、ジュネーブ協定によつて原油価格はドルの減価分を補填するため値上がりすることになつており、差異が何時まで続くか判らない情勢であるから、原油価格の動向がはつきりするまで差益問題の結論を出すのを差し控えて欲しいと要請し、この際の差益問題についての通産省の見解は発表されなかつた。

10 昭和四八年六月以降の値上げについての指導(いわゆるチャラ論)

前記田中は、角南班長からジュネーブ協定による昭和四八年四月一日からの原油値上げに伴う原油値上がり後のコストと市況についての資料の作成を依頼され、同年五月二一日ころ、同班長に対し、原油及び輸入製品値上がりがある一方で円高による仕入差益があるが、同年三月の市況でみると同年二月値上げの浸透が十分でないため約三一円の転稼不足になつていることを示す資料である「48.5.21付無題の書面」二枚を提出し、これに基づいて説明した。

新ジュネーブ協定成立後、通産省はコスト動向と円レートとの関係を見直すことになり、田村班長が右田中に右の点に関する資料の作成を依頼したので、右田中は、同年六月半ばころ、角南班長に対し、右資料である「48.6.11付無題の書面」二枚を提出し、これに基づき説明して協議した結果、同年二月値上げの際想定した、中東原油がテヘラン協定及び事業参加協定に伴う値上がり並びに若干の市況調整値上げによつて一バーレル当り約二〇セント値上がりした後の同年一月一日時点における全原油平均FOB価格と新ジュネーブ協定に伴う値上がり後の同年六月一日時点におけるそれとは、円高による仕入差益があるため大体において同じであることが確認された。一方、角南班長の見方によると、石油製品の価格水準については、同年三月から四月ころの実績からみて同年六月にはほぼ前記の同年二月の値上げのときの平均値上げ巾六八〇円近いところまで値上げを達成できるのではないかということであり、また、フレート及び国内経費は同年二月の値上げの時に想定した数字と変らないというのが通産省担当官の考え方であり、右のことを前提とすると、同年六月比で計算したコスト水準は、同年二月の値上げの際昭和四五年度を基準として計算したそれとほぼ同じであるということになる(これを業界ではチャラ論という。)。それで、角南班長は、そのころ、右田中に対し、今後は従来の昭和四五年度基準のコスト計算を止め、昭和四八年六月比のコストアップ巾を同月比の平均値上げ巾とする計算方式を採るよう伝えた。

右の経過を経て、角南及び田村両班長は、同月一八日、石連における営業委員会の席上、鉱山石炭局作成の「48.6.18付新ジュネーブ協定による原油価格引上げに対する方針と題する書面」二枚配布し、右文書に基づき、右協定による原油値上がり分は、円高による差益とほぼ相殺となるので、その分の製品値上げをしてはならない、また、国際石油会社からの市況調整値上げ通告に対しては、安易にこれを受け入れることのないように要望する旨の価格指導方針を説明し、市況調整値上げ分の製品値上げは十分説明がつくもの以外は認めない旨附言した。

11 昭和四八年七月(延期後八月)の石油製品の値上げ(事実第三)

(1) 値上げ内容の合意

弁護人らは、昭和四八年五月一四日の価格の会合においては、野田座長が、インセンティブ・コスト論について説明し、中間三品の価格を一キロリットル当り七〇〇円から一、〇〇〇円引上げる必要があると述べ、中間三品の価格是正の必要があることについては意見の一致をみたものの、その是正巾についてはアイディア・プライスとしては一、〇〇〇円位になるという意見が出ただけで、前記認定のような値上げ内容の合意はされておらず、右の合意がされたのは同年六月二五日である旨主張する。

しかし、〈証拠〉及び後に認定するように、弁護人らが値上げの内容の合意がなされたと主張する同年六月二五日前に既に支店等に対して右値上げ内容に基づく指示をしている被告会社があることを総合すると、値上げの内容の合意が同年五月一四日になされたことを認めることができる。弁護人らは、被告人らの右各供述調書は、検察官が値上げの内容を合意をしたのは同年五月一四日でしかありえないという見解で執拗に追究したので、右値上げの内容が同年六月二五日以前からアイディア・プライスとして広く業界内に伝わつており、右アイディア・プライスが現実のコスト・アップ巾とほぼ見合うものであり、コスト計算も同年六月比の原油価格上昇のみについて行なう甚だ簡単なものであつたため、同年六月二五日に初めて値上げ巾を具体的に検討したものであつたのにその印象が薄く、それ以前に右の検討をしていたかのように錯覚したこともあつて、検察官の右見解は正しくないと思いながらも検察官の右追究に押し切られてしまつた結果作成されたものであつて信用できない旨主張するけれども、被告人岡田の右各供述調書には、値上げの内容の合意がなされた経緯、特に同年五月一四日の価格の会合の模様及び同日早目に右合意をした理由等についての詳細で合理的な供述記載があり、その他の被告人らの右各供述調書中の所論指摘の点についての各供述記載も、それぞれ相当の根拠をもつて供述されたものと認められるのであつて、右各供述調書は、いずれもその内容自体信用できるものであるうえ、被告人岡田は同年六月二三日営業委員長を辞任し、同日斉藤がその後任として同委員長に、また、同泉、同松井及び同説田はいずれも右と同時に同副委員長にそれぞれ就任したものであるから、右被告人岡田ら五名はもちろん、その他の右合意に関与した右各供述調書の供述者らも、右合意が価格の会合の主宰者である営業委員長の右交替の先後いずれになされたものかは明確に記憶している筈であることに徴すると、右所論を考慮しても、右各供述調書の信用性に欠けるところはないと認められる。

また、弁護人らは、右のアイディア・プライスがスタディー・グループの論議を経て出て来たものであるから、これを合意された値上げの内容と受けとる者のあることは無理からぬことであつて、これを早目に支店等に連絡した会社があるからといつて右認定の証拠とはなしえない旨主張するけれども、いやしくも価格の会合における協議に加わつた者が右のような誤解をすることは考えられないことであるから、右所論は採用できない。

弁護人らは、武田証言一九回により同年五月一四日の右会合に出席した前記武田が右会合の状況をメモしてこれを被告会社昭和石油(株)内で報告した際、その内容を同会社の中村力燃料課長補佐が記録したものと認められる「ダイヤリー('73三菱商事(株))」一冊の「5/14大井川」の書き出しで始まる頁の「5/15以下」に、中間三品につき「七〇〇〜一、〇〇〇円UP必要」と記載されているのみで、各一、〇〇〇円という具体的値上げ巾の記載がなく、B重油の是正巾については全く記載がないことは、右会合において値上げ巾までは議論されなかつたことを裏付ける旨主張するけれども、右のメモは値上げ巾は既に明らかなこととしてその計算根拠の説明部分について記録したものとも考えられるのであつて、右認定を左右する反証とするには十分でない。

(2) 行政の介入

野田座長及び前記田中は、値上げ内容の合意後の昭和四八年五月二一日ころ、角南班長に対し、国際石油会社の市況調整値上げが軽質原油に集中して起つている国際原油市場の動向につき説明し、インセンティブ・コスト論に基づき中間留分の価格是正が必要であることを説明し、また、家庭用灯油の価格抑制によつて白灯油は低価格の低硫黄燃料となつて産業用空調用の需要が増加するため、却つて家庭用灯油の供給確保が阻害されることになるから、家庭用灯油についての価格是正も必要である旨主張したが、同班長は、筋論としてはこれを認めたものの、政治的抵抗が強いことなどを理由として価格是正の実施に難色を示した。

前記出光昭は、いわゆるチャラ論指導のあつた同年六月一八日の二日か三日後、被告人斉藤の命により角南班長及び田村班長に対し、被告会社出光興産(株)の社内用資料に基づき右値上げの内容を説明して意向を打診したが、角南班長は、業界全体としての資料による説明でなければ困るとして回答しなかつた。ついで、新営業委員長である被告人斉藤並びに同副委員長である同泉、同松井及び同説田は、同月二六日、飯塚参事官及び鈴木課長に対して右値上げの内容の概要を説明した。

鈴木課長は、同月二八日ころ、野田座長を呼んで同人から右値上げの内容について詳細な説明を聞いたうえ、これを了承したが、国会開会中であることなどを理由にその実施を一カ月延期するよう要請し、飯塚参事官及び鈴木課長は翌二九日ころ被告人斉藤に対し、また、鈴木課長は同日被告会社らの各営業担当の責任者に対し、いずれも右同様値上げ実施の延期を要請し、被告人斉藤は、値上げ巾についての了承を確認したうえ右要請を受諾した。

鈴木課長は、右実施延期後の同年七月二六日か二七日ころ、被告人斉藤に対し、同年八月一日を実施期日とする右同様の値上げ内容を了承する旨述べた。

検察官は、鈴木証言三六回、四九回、角南証言四六回によれば、通産省担当官が右のように値上げの内容を了承したことは認められないのであり、後記12のように熊谷石油部長が家庭用灯油の価格抑制のため被告人斉藤らと折衝したことによつてもそれが裏付けられる旨主張するけれども、前掲の右認定に沿う積極証拠並びにこれらにより認められる値上げ内容の合意及び値上げ実施時期の延期の経緯等に徴すると、所論にかんがみ検討しても、右主張を採用するに足りない。

12 昭和四八年一〇月の家庭用灯油価格指導

田村班長は、昭和四八年七月末か八月初めころ、野田座長(前記田中同席)に対し、「2指導方針(No.9No.10No.11)」三枚を手渡し、同年八月の値上げにおける家庭用灯油の値上げ巾の一部を削減するかも知れない事態になつているので、鈴木課長から野田座長の意見を聞いてくるよう言われた旨述べたが、同座長は斉藤委員長に話して欲しい旨答えた。ついで、鈴木課長、当時の精製流通課長根岸正男は、同年八月二日、被告人斉藤及び石連需給委員会事務局員らに対し、昭和四八年度下期の家庭用灯油の供給及び価格の安定化対策についての業界の意見を文書にまとめて提出するよう要請した。被告人斉藤らは、翌三日、これに応えて鈴木課長らに右の事項についての文書に民生用灯油の価格を一、〇〇〇円程度引き上げることが必要であることなどを記載してこれを提出したところ、同課長は、同被告人に対し、右家庭用灯油の値上げ巾を七〇〇円か八〇〇円に減らして欲しい旨述べ、同被告人が右要望に応じられない旨答えたのに対し、上司と相談する旨述べた。鈴木課長は、その後同日中に、被告人斉藤に対して電話で、家庭用灯油一、〇〇〇円の値上げは止むをえないが、外部に対しては通産省としては右の点につき検討中ということにして欲しい旨伝え、さらに翌四日、右電話の内容を確めた被告人松井に対し、右の点につき国会で質問を受けたときは業界から値上げの話は承つているということにする旨答えた。

鈴木課長は、その後被告人斉藤に昭和四八年度上期下期別の収支見通しについての資料の作成を依頼したので、スタディー・グループは、同被告人の指示により原油値上がり、フレート及び経費の動向並びにユーザンス差益についての予測計算の資料である「48.8.13付48FY石油業界収益見通しと題する書面」二七枚を作成し、同被告人及び野田座長らは同月一六日ころ鈴木課長に対して右資料を提出し、同座長がこれに基づいて説明した。(なお、その際、鈴木課長は、電力向ナフサの仮価格七、〇〇〇円は低すぎると述べた。)

熊谷部長は同年九月初めころ、被告人斉藤に対して右家庭用灯油の値上げを撤回するよう要請したが、同被告人はこれを受け入れず、その後暫くの間右の点について両者間のやりとりが続いたのち、石連の久米田秀夫理事の斡旋により、同月二〇日ころ、家庭用灯油の価格を同年九月末時点で凍結することで決着がつき、通産省は、同年一〇月一日、山形長官名義の「48.10.9付昭和48年度需要期における灯油対策について」二枚により、石油業界に対し、同年八月以降石油業界に石油製品の値上げの動きがあるが、家庭用灯油の元売り仕切り価格については、このまま放置すると国民生活に大きな影響を与える可能性があるので、この際家庭用灯油価格の上昇をストップし、需要期においても現状以上に引き上げないよう業界各社に協力を求める旨の方針を伝えて指導した。

13 昭和四八年一〇月、一一月の石油製品の値上げ(事実第四)

(1) 値上げ内容の合意に至るまでの経緯と行政の介入

スタディー・グループは、昭和四八年八月中旬ころから、そのころ前記田中から引継ぎを受けて計算作業を担当することになつた被告会社日本石油(株)黒油課調査係長松尾孝次が中心となつて値上げ原案を作成することになつた。ところで、スタディー・グループは、まず必要値上げ巾については、原油価格につき被告会社各社に依頼して集めた情報を参考にしながら前記の同年八月一三日付の資料の数字につき検討し、中東原油については概ね右の資料の予測値をとり、南方原油については同月二三日ころに同年一〇月以降の価格がほぼ確定したとの情報に基づき右資料の予測値を右情報の値に減額修正し、ミナス原油に連動するアフリカ原油についても同様修正して計算した。なお、スタディー・グループの計算によると、同年二月の値上げにおける平均必要値上げ巾一キロリットル当り八六〇円に対する未達成額が同年六月時点で一一〇円程度に上つていたので、右田中は、同年八月半ばすぎころ、田村班長に対し、右未達成額をコスト計算の要素とすることの可否を問い合せたところ、同班長は不可である旨答えたので、スタディー・グループはこれに従つた。つぎに、コストアップの油種別展開については、スターディー・グループとしては、ガソリンを値上げするよりも民生用灯油を含む中間留分の値上げをすべきではないかと考えていたが、民生用灯油の値上げについては前記のような通産省担当官の意向との関係で問題があつたので、結論がでないまま、価格の会合で判断材料に資するため、コストアップ予測額の内輪の数字で、ガソリン転嫁額を留保し、前記のように同月一六日ころ鈴木課長が野田座長に対して昭和四七年度下期以降の電力向ナフサの仮価格が低すぎる旨指摘したことを考慮し、民生用灯油に転嫁するものとしないものとに分けて三種の展開案を準備した。

ところが、同年八月二七日の価格の会合において、右原案に基づき検討した結果、民生用灯油価格への転嫁はあきらめ、その分をガソリン価格に転嫁する考え方に傾いたが、当時のガソリンの供給過剰の情況を考慮し、右の考え方をとるとしてもガソリンの値上げ時期は同年一一月とするということになつたので、右松尾は、前記認定のような値上げ巾及び価格の会合における右の考え方に従つた油種別展開の原案を作成したものである。

(2) 値上げ内容の合意と行政の介入

右合意に際し、ガソリン値上げの打出日を各被告会社別につるほか、一被告会社においても支店別にばらばらにすることが合意された。

また、同年九月三日の価格の会合の席上、被告人斉藤は、今回の値上げは非常に大きいが、これを上げなければ各社大赤字になるはずなので、値上げするかしないかは各社ご自由だが、赤字になればあんたたちのポストが替るだけだという趣旨の話をした。

被告人斉藤は、同月四日ころ、鈴木課長に対して前記認定の値上げの内容を説明したのに対し、同課長は、異論を述べず、同月二〇日ころになつてこれを了承した。また、被告人斉藤は、同年一〇月八日のすぐ後ころ、角南班長に対して、前記認定のC重油の値上げ巾の修正について説明し、同班長はこれを了承した。

検察官は、鈴木証言、角南証言によれば、通産省担当官が右のように値上げの内容を了承したことは認められない旨主張するけれども、前掲の右認定に沿う積極証拠及びこれらにより認められる値上げ内容の合意の経緯等に徴すると、右主張を採用するに足りない。

14 昭和四八年一一月の石油製品の値上げ(事実第五)

(1) 値上げ内容の合意に至るまでの経緯と行政の介入

スタディー・グループは、昭和四八年一〇月末日ころまで二回くらい会合を開いて同月一六日以降の原油FOB価格の水準について検討したが、その後は前記松尾が計算した結果について各グループ員と連絡をとりながら検討を進めることにした。

被告人斉藤、同泉、同松井及び同説田は、前記認定の同月二九日の価格の会合後の翌三〇日ころ、当時の計画課長高谷武夫に対して原油の価格動向及び供給事情などにつき説明したが、同課長は、製品の値上げは着ベースにすべきである旨述べたので、右意見は直ちに右松尾に伝えられた。

角南班長は、同年一一月一日ころ、右被告人四名を含む主な営業委員の質問に対し、製品値上げは仕方がないが、その時期が問題である旨答えた。

右被告人四名は、右同日、今回の値上げの油種別展開の仕方について意見を交換していたが、そのときエッソ・スタンダード石油(株)の金谷部長から被告人説田に電話があり、同社では既にガソリンの値上げ巾は同年一〇月値上げした価格にさらに七、〇〇〇円見当ということで特約店に連絡している旨伝えて来たこともあつて、ガソリン値上げ巾を同社と同様同年六月比で一キロリットル当り一万円とすることになつた。

スタディー・グループの計算作業については前記認定のとおりであるが、右松尾は、同年一一月二日ころ、原油価格につき「48.11.2付FOBの推移(積ベース)と題する書面等」一綴(二枚)を作成し、昭和四八年度下期の原油処理量を供給計画比一〇パーセント及び一五パーセント減とする二つの場合におけるそれぞれの固定費増加等のコストアップ計算をしていたところ、同月五日ころOAPEC側の原油供給削減強化の厳しい声明が出されたので、今後の原油供給事情及び原油・製品在庫状況などを勘案して右原油削減の影響度を試算し、供給削減率が二〇パーセントになる場合のコストアップの計算もしたが、前記認定の同月六日の会合までにその油種別展開案を準備することができなかつたので、右会合には右の一五パーセント削減の場合のコストアップ及びその油種別展開案と右二〇パーセント削減の場合のコストアップ案を提出した。

(2) 値上げ内容の合意と行政の介入

右合意においてナフサ及びC重油につきスタディー・グループの原案の値上げ巾を修正したのは、ナフサについては当時被告会社出光興産(株)が住友石油化学(株)に五、〇〇〇円くらいになるのではないかと話していたことがあり、C重油については等価比率からみて修正巾の方が妥当であるという理由からであつた。

被告人斉藤らは、右合意後の同年一一月八日ころ、角南班長及び田村班長らに対し、値上げの内容を、まだこの時点ではスタディー・グループの資料ができていなかつたので、被告会社出光興産(株)の資料を参考としながら説明したが、角南班長は、業界全体としての資料を要求した。ついで、同班長は、同月一二日ころ、被告人斉藤らに対し、前同様値上げの時期が問題である旨述べたが、野田座長から値上げ内容の説明を聞いた後、この値上げは止むをえないと思う、また、時期についても着ベースなら良いと思う旨述べ、コスト根拠につき詳細な資料を早く出して欲しいと要請した。

前記田中及び松尾は、同月一四日、高谷課長、当時の松村精製流通課長及び角南班長に対し、同月二日作成した前記の資料の円換算の部分を計算し直した「48.11.14付FOBの推移(積ベース)と題する書面等」三枚に基づいてコストアップ計算及びその油種別展開につき説明し、角南班長がこれを了承する旨述べ、実施期日につき同班長と右田中との間で、原油値上がり前の在庫があるうちは値上げしないという先入先出法的な在庫評価の方法が世間的に判り易く、同月半ばころからの値上げは誤解され易いということにつきやりとりがあつたのち、同班長は、高谷課長らの暗黙の了承の下に実施期日を同月半ばとすることを了承し、また、そのころ、被告人斉藤に対しても値上げの内容を了承する旨述べた。

検察官は、通産省担当官が右のように値上げ内容を了承したことは認められない旨主張するけれども、前掲の右認定に沿う積極証拠及びこれらにより認められる値上げ内容の合意の経緯等に徴すると、右主張を採用するに足りない。

15 被告人らの価格の会合の出席

弁護人らは、前記認定の価格の会合のうち、昭和四七年一二月一八日の会合に被告人田村、昭和四八年一月一〇日の会合に被告人大橋、同月一八日の会合に被告人田村及び同大橋、同年五月一四日の会合に被告人田村、同大橋及び同榎本、同年七月二日の会合に被告人大橋、同年九月三日の会合に被告人橘田、同年一〇月八日の会合に被告人大橋はいずれも出席していない旨主張する。

そこで、検討すると、昭和四七年一二月一八日の会合に被告人田村が出席したことは田村供述六一回及び田村四九・四・一三検一項を総合して、昭和四八年一月一〇日の会合に被告人大橋が出席したことは大橋四九・三・三〇検五項により、同月一八日の会合に被告人田村が出席したことは田村四九・四・一三検三項により、被告人大橋が出席したことは大橋四九・三・三〇検五項により、同年五月一四日の会合に被告人田村が出席したことは田村四九・四・一三検七項により、被告人大橋が出席したことは大橋四九・三・三〇検六項により、被告人榎本が出席したことは榎本四九・三・三〇検一項により、同年七月二日の会合に被告人大橋が出席したことは大橋四九・三・三〇検六項により、同年九月三日の会合に被告人橘田が出席したことは橘田四九・三・二三検八項により、同年一〇月八日の会合に被告人大橋が出席したことは大橋四九・四・一九検六項によりいずれも認めることができ、所論にかんがみ検討しても、右認定を左右するに足る証拠はない。

16 本件各値上げの実施

〈証拠〉を総合すると、被告会社らにおいては、概ね、販売部等が製品の販売価格についての方針を樹て、支店長会議を開催し、あるいは文書、電話等により支店等及び直売部等に右方針を指示してこれに基づく販売に当らせていたものであり、本件の五回にわたる前記の値上げ内容の合意がされると、右の指示系統により、別紙値上げ指示一覧表(一)ないし(七)記載のとおり、概ね右合意の内容に対応する値上げ指示がされていたことが認められる。

そして、〈証拠〉を総合すると、被告会社らの各支店等においては、特約店等に対して本社の右指示どおりの値上げ巾及び値上げ時期で値上げの通告をしている例も多いが、実際の仕切り価格は、取引上の種々の事情により多様であつて、元売り会社別に全油種平均及び油種別価格に水準の差があり、一つの元売り会社についても、支店別に、また、一支店においても特約店別に、一つの特約店に対してその特約店が自ら小売りする場合と販売店に卸売りする場合別に、あるいは特約店の販売する需要家別に、それぞれ別の価格が設定されていることが認められる。

また、〈証拠〉を総合すると、直売については、ある油種につき大手の元売り会社が主要需要業界の大手の会社とまず取引価格を取り決めたのち、他の取引もこれに追随することが多かつたことが認められる。

〈証拠〉を総合すると、本件五回の値上げは、右一、二月値上げについては、やや明確を欠くけれども、昭和四八年四月ころに平均値上げ巾一キロリットル当り六八〇円のうち五五〇円程度まで達成されたものと窺われ、右一一月値上げは、右七月(延期後八月)値上げ及び一〇、一一月値上げ分も併せて早期に達成されたことが認められる。

(二)  共同行為についての主張に対する判断

1 共同行為の存否についての主張(前記第三の二の(一)の1)に対する判断

(1) 弁護人らの主張(補足)

弁護人らの主張を敷衍すると、石油製品は戦前から引続き国家の統制ないし管理の下に置かれており、昭和三七年の業法制定後は、通産省は同法の運用ないし同法に基づく行政指導等により石油会社の事業活動を調整し、石油製品価格も基本的には通産省の指導の下に形成されて来た。通産省は、昭和四六年四月、前年のOPEC攻勢の開始に対応するため、業界に対し、一〇セント負担により石油製品の平均値上げ巾の上限を抑制するとともに、右の平均値上げ巾を油種別に展開した各油種の値上げ巾の上限をもガイドラインとして示してこれを遵守するよう要請し、いわゆるガイドライン方式による価格についての行政指導をしたのに始まり、昭和四七年四月にも右同様の方式による行政指導をし、かつ、その際、今後原油値上がり等のコストアップ要因が生じてガイドラインを上廻る石油製品の値上げが必要になつたときは必ず事前に通産省に申し出るよう指示し、ここに右のガイドライン行政指導方式が定着し、以後ガイドラインの改定がされなければ石油製品の値上げをすることができないことになつた。被告人らは、昭和四七年から昭和四八年にかけて、営業委員会において、本件各訴因に対応する昭和四八年中の五回にわたる石油製品の値上げについて話合いをしたことがあるが、これは、右のガイドライン指導方式に従い、業界が通産省に原油値上がり等の新たなコストアップの発生に対応する右ガイドラインの改定を求めるため、業界全体の平均コストアップ額を計算し、これを油種別に展開して各油種の値上げ巾を算出し、これに希望の実施期日を付した業界としてのガイドラインの原案を取りまとめたものにすぎない。そして、営業委員長から通産省担当官に右原案の了承を求め、その了承が得られると、ガイドラインが設定されたことになり、被告会社らを含む全元売り会社は、右ガイドラインの範囲内で了承のあつた実施期日以降各自の販売方針に基づいて値上げ(場合によつては据置きあるいは値下げ)をして来たものである。それで、被告人らは、そのそれぞれの所属する会社の業務に関して、訴因のように被告会社らが共同して値上げすることを協議し、決定したものではなく、通産省の右行政指導に協力したにすぎないというのである。

(2) 判断

そこで考えると、証拠の標目に掲げた関係証拠によれば、前記認定のように、関係被告人らがそのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、被告会社らが共同して石油製品の値上げをすることになる行為をしたことを認めることができるが、所論にかんがみ補足して説明する(なお、若干の点については後の2ないし5において説明する。)。

イ 右証拠のうち関係被告人らを含め本件価格の会合に被告会社らを代表して出席した者らの検察官に対する各供述調書中の右認定に沿う各供述記載につき、弁護人らは、右供述者らは、右供述当時通産省の行政指導により石油製品価格が凍結されており、これを早期に解除して貰うべく陳情していた情況にあつたため、通産省担当官に迷惑を及ぼすことは右事態の解決に不利になることを慮つたなどの理由で本件値上げに関する通産省担当官の介入につき供述することを殊更避けたので、止むなく事実に反する共同行為の存在を認めざるをえなくなつたものである旨主張するけれども、なるほど、〈証拠〉によると、昭和四八年一〇月一六日の原油の大巾値上がりののちも昭和四九年一月以降のさらに一段と大巾な値上がりが憂慮されたので、その値上がりに対応する石油製品の値上げについて慎重に検討するため、通産省は、昭和四八年一二月二四日中曽根通産大臣談話の形で元売り仕切り価格凍結の指導をするとともに、昭和四九年一月以降の原油値上がりに対応する製品値上げ巾及び値上げ時期について主体的に検討を進めていたものであることが認められるけれども、右証拠及び「昭和四九年三月一六日付通商産業省石油製品価格の指導方針と題する書面」五枚によると、同省は、同年三月一六日か一七日ころ、同月一八日から右凍結指導を解除し、新しい価格体系に移行して差支えないとしてその指導方針を示し、個別企業に対する個別指導をしたことが認められるのであつて、右各供述調書は、その大半が右の通産省の凍結解除措置ののち作成されたものであるから、右主張のような配慮は不要であつたものといわざるをえず、その他自己や被告会社らの不利益になることを承知のうえ所論のように虚偽の陳述をする特段の事情は認めることができないばかりでなく、右のような態度で供述したとしても、必然的に共同行為まで認めざるをえない訳ではないと考えられるから、右主張は理由がない。

ロ 前記の各供述調書によれば、被告人らは、石油業界は前記認定のように激しい拡販競争、価格競争が行なわれる体質をもつているため、本件のような石油製品の大巾な値上げを各社独自で行なうことは、他社との競争関係において、また、需要者の低抗があることからも困難であるから、各社が話し合つて値上げ巾及び値上げ時期を決め足並みを揃えて一斉に値上げすることが最も効果的であると考えていたことが認められる。

ハ 被告人岡田が価格の会合を主宰していた当時は、その席上での話合いを信頼できるものとし、また、その秘密を保持するため被告人らのような被告会社における責任ある地位にある者以外原則として右会合に出席することができないことになつていいたことが認められる。

ニ 被告人らは、事実第一、第二及び第四につき、公正取引委員会の摘発をおそれて右合意を隠蔽するため、前記のように、ガソリン値上げについて実際の値取りをする実取日のほかに打出日を各社別、あるいは各社の支店別に設けることを合意した。

ホ 事実第四につき、松井供述六九回により、昭和四八年九月四日ころ、被告会社共同石油(株)本社から各支店長に対し、「48/下値上げ方針について48.9.4」に記載されているように、「48/下業界方針が下記のとおり決定されましたので、ご連絡いたします。(中略)当社といたしましても業界レベルの値上げは是非とも達成する必要がありますので、当社方針も業界同様といたします、」と示達したことが認められ、須田証言一二四回及び同四九・三・二六検三項により、被告会社ゼネラル石油(株)本社の販売部販売調整プランナー須田栄一が、同年九月二六、二八両日開催の支店長会議の席上、「業界の動向」(符六四号のうち)に記載されているように「値上げ時期の発表については一斉値上げの事実をつかまれぬ様充分注意が必要です(一〇月は各社個々にさみだれ値上げを行い、一一月に揃える)」という趣旨の説明をしたことが認められ、野田証言七回によると、被告会社日本石油(株)の同年九月二六日開催の支店長会議の際、右会議資料として、同会社販売部作成の「ガソリン値上げに関する取り決め事項」として「各社は支店別に10/15〜10/25の間のいずれかの日を決めその決めた日より三、〇〇〇円/kl仕切りUPする旨を9/22までに全特約店に通知徹底する」と記載してある「ガソリン委員会値上げ方針、3―1」を各支店長に配布したことが認められる。

ヘ 価格の会合において野田座長が説明用に配布した資料はその場で回収され、被告人斉藤がメモをとることをやめるべきであると提言してそのとおり行なわれていたことが認められ、また、被告会社日本石油(株)の事実第二及び第四の事実に関するものと認められる支店長会議資料の表紙に小鳥のマークを描き、「厳秘取扱注意」と記載してあり、野田証言三回及び田中証言二一回によると、右記載は公正取引委員会に注意せよとの趣旨で記載されたものと認められ、被告会社共同石油(株)の前記示達文書に「読後必破棄願います」と注意書きがされ、また、被告会社ゼネラル石油(株)の前記支店長会議資料に、前記の文言に続いて「この点については、当社としても、他社に迷惑をかけぬ様値上げに関する文書の保管連絡等従来以上に取扱いに注意致したいと思いますので、販売課員等を御指導願います」という趣旨の記載がある。

ト 被告会社らは、それぞれの販売担当者を部会員として、油種別に、また重油については需要家の産業別にそれぞれ中央(セントラル)と地方(ローカル)とに部会を設け、ガソリン部会、鉄鋼部会及び電力部会などと称していたが、右部会は、価格の会合において合意された値上げ内容を有効に実施するため、その実施方法の協議、各社共同しての需要家との交渉、右値上げ額以下での販売の是正等を行なうことを目的としていたことが認められる。

チ 昭和四八年九月三日の価格の会合において、被告人斉藤から前記第三の三の(一)の13の(2)記載ののような発言がされた。

リ 被告人斉藤は、昭和四八年一〇月ころの価格の会合において、被告人らが手分けして地方を廻り、被告会社らの支店長らを集め、同年一〇月、一一月の値上げの合意の内容を説明し、その実施の徹底をはかることを提案し、その旨の取り決めがなされ、同月二一日から福岡、広島、大阪及び名古屋で右の趣旨の会合が開かれたことが認められる。

ヌ 昭和四八年一一月八日の新聞に被告会社共同石油(株)が価格を据置く旨の記事が掲載され、被告人松井は、被告会社出光興産(株)の担当者から、被告人斉藤が新聞を見てびつくりしているが真相はどうなのかとの問合わせを受け、事実でない旨釈明し、合意どおり値上げする旨答えたが、その後その他のほぼ全部の被告会社にも右趣旨の電話連絡をしたことが認められる。

ル 前記第三の三の(一)の16記載のように、前記の被告人らの合意の内容について通産省担当官の了承を得る前に、本社から支店等に対してその内容に対応する値上げ指示が行なわれている場合がある。

オ 右ロないしル記載の各事実は、被告会社らにおいて、本件共同行為をすべき動機があり、それぞれの会社において、あるいは共同して、値上げの合意を隠蔽する措置や右合意の内容実現の措置を講じたことを示すものであつて、本件各共同行為の存在を推認させ、右イの証拠の信用性を裏付けるものである。

ワ そこで、弁護人らの前記の主張について考えると、石油製品価格に関する所論のガイドライン指導があつても、当然に被告人らの共同行為が認められなくなる訳ではないことは言うまでもないが、前記認定の石油製品価格に関する行政介入の事実と昭和四六年ころから本件値上げ当時までの石油行政担当者である通産省事務次官証人両角良彦、証人外山弘、同飯塚史郎、同熊谷善二、同栗原昭平、同鈴木両平、同岡松壮三郎、同角南立、同小田肇及び同田村勝則の当公判廷における各供述を総合して、本件行政指導等の実態が、右共同行為の存在を疑わせるに足るものであるかについて検討する。

前記認定による石油製品価格に関する行政の介入は要約すると左のとおりである。すなわち、石油製品価格は、OPEC攻勢前においても主として産業政策的立場からある程度国家管理の下に置かれ、業法施行後は、主として市況是正を目的として、業法による標準価格の設定をはじめ、指示価格による指導あるいは過当競争の排除措置等必要の都度行政指導等による行政の介入が行なわれて来たものであるが、OPEC攻勢後は、産業政策的立場に立ちながらも、物価対策、民生対策上の配慮をも加えて、行政指導等による価格抑制的色彩の濃い行政の介入が行なわれた。まず、昭和四六年四月の値上げの際の一〇セント負担指導、同年一〇月の民生用灯油の価格抑制指導、同年一二月の差益還元をしない旨の意見発表、昭和四八年六月のいわゆるチャラ論指導、同月の中間三品等の値上げの実施期日の延期指導及び同年一〇月の家庭用灯油の価格抑制指導などは、その指導等が行なわれる過程において、業界から資料の提出を受けるなど業界が関与することはあつたけれども、通産省が自発的、主体的に、そして公式に行なつた介入であつた。そして、昭和四六年四月の値上げにおいては、業界においても自発的な値上げの動きがあつたけれども、通産省担当官は、当初から値上げ抑制の方針で主体的、積極的に業界に臨み、業界に対し、一〇セント負担指導により平均値上げ巾を示すとともに、自ら油種別値上げ巾の上限を示すなどしてその遵守を要請し、右指導の過程においては業界から資料を徴し、その説明を聞くなどしたことはあつたにせよ、業界としてはその指導に従うほかなかつたものであつて、所論のいうガイドライン指導というにふさわしいものであつた。しかし、昭和四七年四月の値上げの際には、業界においても自発的に値上げを図つてその内容を決定し、その過程においては、価格抑制方針に立つ通産省担当官との間に意見の対立があつて、その事態打開のため業界首悩と鉱山石炭局幹部との会談が開かれて協議が行なわれたり、業界から通産省担当官に対して資料を提出して説明したり、通産省担当官と業界との共同計算作業が行なわれたり、また、業界の値上げの合意内容について通産省担当官が了承した事実は認められるけれども、右値上げは業界の主体的な値上げということができ、通産省が所論のいうガイドライン方式による価格指導をしたと認めることはできない。

そして、本件の五回の値上げについては、いずれも、関係被告人らが自発的に値上げを図つて値上げの内容を合意し、その後通産省担当官により右合意の内容が了承されたものであつて、通産省担当官が、右合意の前後に(ただし、同年二月及び七月(延期後八月)値上げについては合意の後のみ)自ら業界に依頼し、あるいは業界の意思によつて業界から資料の提出を受けてその説明を聞いたり、一〇セント負担の継続等の平均値上げ巾、灯油その他若干の油種についての個別の値上げ巾、あるいは値上げの時期について若干の価格抑制指導をし、被告人らも右の指導、あるいは通産省(通産省担当官)の従来の態度から忖度される意見を尊重して右値上げの合意の内容に組み入れたりしたことがあつたにすぎない。

右の経緯と前記の通産省担当官らの各証言とを併せて考えると、通産省担当官は、昭和四六年四月の値上げに際しては、原油事情の急激で大きな変化に対応して前記のような主体的、積極的な指導をしたが、その後は、価格動向に注意を払い、調査して実態把握に努め、業界に対し価格抑制方針に立つて便乗値上げ等好ましくない値上げをしないよう一般的警告を与えるほか、平均値上げ巾についてとつた従来の措置、方針の継続を求めるとともに、民生対策上の配慮から灯油等一部油種についての価格指導等をするに止め、油種別価格一般については市場における形成に委ねることにして、油種別値上げ巾の上限を示してその遵守を要請するなどの主体的、積極的な介入をしない態度であつたと認められる。そして、本件において、前記認定から推認できるように、被告人らが通産省担当官の行政指導等に従順な習慣があつたこと、昭和四六年四月の値上げの際の強い行政指導や昭和四七年四月の値上げの際の値上げについて予め通産省担当官に相談することの要請などが被告人らの記憶に残つていたと考えられること及び過去の通産省担当官の意見や態度等からみて、被告人らの値上げの合意の内容につきその了承を得なければ、その内容如何によつては価格抑制指導を受けることもありうると予測したことは推認できることを考慮しても、所論のように、ガイドライン方式による指導が慣行として定着し、通産省担当官の了承を得なければ値上げができないという認、許可類似の仕方が存在していたものとは認められないのであり、右了承というのも、通産省担当官として被告会社らが右合意の範囲で値上げする限り改めて抑制指導には出ないという消極的な意思表示にすぎず、被告人らとしても通産省担当官の抑制指導を避け、値上げを実現するためにはむしろ了承を受ける方が有利であると考えて進んで了承を受けたものであると認めるのが相当である。そうすると、本件値上げの過程において、通産省担当官の行政介入が行なわれ、被告人らの行為に一部行政協力的なものがあつたことに認められるものの、そのため被告人らの前記共同行為があつたとする認定を左右するに足るものと認めることはできない。

2 本件の主体についての主張(前記第三の二の(一)の2)に対する判断

弁護人らは、右主張の根拠として、営業委員会は通産省の価格指導の窓口として機能していたものであつて、本件各値上げにおいても、通産省と業界との連絡などはすべて右委員会を通じてなされたこと及び本件の価格の会合に自発的に出席しなかつたエッソ・スタンダード石油(株)やモービル石油(株)も本件値上げ巾に拘束されるものであつて、本件について価格の会合の行なつたことは、右両社からの出席者がなくても実質的には昭和四六年四月の値上げの際の右委員会の場合と異なるところはないことなどを挙げるが、前記認定のように、本件値上げの合意自体は通産省の行政指導に従つてなされたものではないから、右前者は所論主張の根拠として十分でなく、また、価格の会合は、前記認定のように、エッソ・スタンダード石油(株)及びモービル石油(株)からの出席者がないばかりでなく、その構成員や手続などの面において右委員会と大きな違いがあることに徴すると、被告会社からの出席者が殆んど営業委員であつて、その中にはその所属する被告会社において営業を担当していない者もあることやその他右所論主張を考慮しても、右会合が右委員会と無縁のものとまではいえないまでも、右両者が同一であつて、本件の主体が右委員会であると認めることはできない。

3 共同行為における被告人らの意思の連絡についての主張(前記第三の二の(一)の3)に対する判断

弁護人らは、まず、共同行為における意思の連絡は代理人によつてなされることができないから、被告人らのうち価格の会合に出席せず、代理人が出席した場合においては、その被告人が共同行為をしたものとはいえない旨主張する。

そこで、検討すると、被告人岡田は、事実第四に関する昭和四八年九月三日(同被告人に代つて前記野田が出席)及び同年一〇月八日(同被告人に代つて前記佐々木が出席)の各会合に、同松井は、事実第四のC重油の値上げ巾修正に関する同年一〇月八日の会合(同被告人に代つて前記玉河が出席)に、同武信は、事実第三に関する同年五月一四日(同被告人に代つて前記本田が出席)、同年七月二日(上記に同じ。)及び同月二三日、事実第四に関する同年九月三日(同被告人に代つて前記本田が出席)及び同年一〇月八日(上記に同じ。)の各会合に、前記早山は、事実第三の第一次共同行為に関する同年五月一四日(同人に代つて前記武田が出席)、事実第四の基本的な共同行為に関する同年九月三日(上記に同じ。)の各会合に、被告人榎本は、事実第二に関する同年一月一〇日及び同月一八日(同被告人に代つて前記山本が出席)の各会合にそれぞれ出席しておらず、右各会合当日、右各関係事実の共同行為(又はその一部)につき直接には他の被告人らと意思の連絡をしていないことが認められるけれども、被告人松井は、事実第四の基本的な共同行為に関する価格の会合に出席して直接他の被告人らと意思の連絡をしており、前記早山は、事実第三の第二次共同行為に関する価格の会合に出席しているから、そのとき同事実の共同行為につき直接他の被告人らと意思の連絡をしているものと認められ、また、事実第四のC重油の値上げ巾修正に関する価格の会合に出席しているから、そのとき同事実の基本である共同行為についても他の被告人らと暗黙の裡に意思の連絡をしたものと認められるばかりでなく、〈証拠〉及び前記認定のような価格の会合の性格を総合すると、右被告人らに代つて価格の会合に出席した右の者らは、そのそれぞれ所属する被告会社を代表して出席して右会社の業務に関して共同行為を行つたものであること及び本来当該会合に出席すべき右被告人ら前記早山(以下被告人らという。)は、予め右出席者と意を通じ、事後においてこれらの者から会合の結果の報告を受け、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、これを了承したことが認められ、右認定と抵触する証拠は信用できない。そうすると、右被告人らに代つて出席した右の者らは、当該共同行為の共犯者であると認められ、右被告人らは、これらの者を通じて他の被告人らと順次意思を連絡したものといわざるをえない。

つぎに弁護人らは、事実第五につき、被告人斉藤ら四名が本件犯行を企図し、これをその他の関係被告人らに伝えて賛同を得たにすぎないものであつて、右連絡を受けた被告人らに共同行為における意思の連絡があつたというに足りない旨主張する。

そこで、検討すると、右事実認定の証拠として前に掲げた関係証拠によれば、被告人斉藤ら四名が昭和四八年一一月六日に合意した結果につき連絡ないし報告を受けた前記認定の被告人らは、そのそれぞれの所属会社が他の被告会社と共同して右共同行為の内容に従つて値上げする意思を以て了承したものと認めることができるのであるから、右共同行為についての意思の連絡に欠くるところはない。

4 「業務に関して」という構成要件についての主張(前記第三の二の(一)の4)に対する判断

弁護人らは、当該被告人の関与した本件各共同行為を行なうことについてその所属する被告会社から事前に権限を与えられておらず、営業委員として価格の会合に出席していたものであること、当該被告人がその所属する被告会社内において本件各共同行為において値上げの対象となつた各油種あるいはその一部について、販売価格を決定する権限がなく、あるいは実際上関与しなかつたこと、また、実際の販売価格を本件各共同行為に従つて決定するような被告会社内の仕組みになつておらず、右のように決定する意思がなく、あるいは事実上右のように決定することができないことなどを理由として、被告人らのうちにはそのそれぞれの所属する被告会社の業務に関して本件各共同行為を行なつたものでないものがある旨主張するものと解されるが、本件各共同行為についての認定の証拠として前に掲げた被告人らの検察官に対する各供述調書中のこの点に関する前記認定に沿う各供述記載、前記認定の価格の会合が営業委員会ではなく、事業者が値上げの合意を行なうためのものであつたこと及び右各会合における合意の内容に徴すると、右所論を考慮しても、被告人らの行為が右構成要件に該当することを優に認めうる。

5 被告会社太陽石油(株)及び被告人田村についての主張(前記第三の二の(一)の5)に対する判断

弁護人らは、まず、被告会社太陽石油(株)は、その販売する石油製品の総量(ガソリンは精製業者として販売しているものであるから除く。)の約六四パーセントを本社において三菱商事(株)、住友商事(株)、伊藤忠商事(株)及び兼松江商(株)の四商社に同社らと継続的販売契約を結んで販売し(そのうち右総量の約一八パーセントを兼松江商(株)を除く右三社に販売し、右三社はこれをさらにシェル石油(株)に販売していた。)、その残りの約三六パーセントを支店等で特約店及び大口需要家に販売していたが、右四商社は実質的には元売業者にあたるものであつて、右被告会社が右四商社に対して販売する価格も、両当事者が取り決める特殊な方法により決定されていたのであり、右の四商社の業態や右取引形態及び取引価格に徴すると、右被告会社と右四商社間の取引は、元売り業者と特約店間のそれとは態様が異なつており、また、その余の支店の行なう販売価格も右四商社に対する販売価格を基礎として決定されるものであることを併せ考えると、右被告会社は元売り会社でなく、その行なう取引は元売りと流通段階を異にするものというべきであるから、右被告会社は、本件共同行為をなしうる事業者とはいえない旨主張する。

そこで、考えると、右被告会社の販売態様は所論のとおりであつて、右四商社との取引が元売り会社と特約店との通常の取引と趣を異にするところがあるとはいえるけれども、右被告会社は、精製業を兼ね、自社生産の商品を販売するという石油製品の流通段階の最も源に位置する販売業者である点から考えると、やはり元売業者であり、その行なう取引は元売り段階における取引であると認めざるをえないので、所論主張は前提を欠く。

つぎに、弁護人らは、右被告会社が元売りしていないガソリン及びジェット燃料油に関しては右被告会社は本件共同行為をなしうる事業者ではないから、右被告会社及び被告人田村につき右両油種に関する本件不当な取引制限の罪は成立しない旨主張するものとも解される。

そこで、考えると、右被告会社自体が右両油種についての事実第三を除く本件各共同行為をなしうる事業者でないことは所論のとおりであるが、本件においては、前記認定のように、全油種平均値上げ巾を計算したうえ、これを各油種に展開して各油種の値上げ巾を決定したものであり、ガソリン及びジェット燃料油の各値上げ巾が右被告会社の取扱う各油種の値上げ巾に影響することから、被告人田村は、右被告会社の業務に関して、他の被告人らと共謀して、右被告会社を除く他の被告会社らの共同行為となる右の両油種に関する本件値上げの合意に加わつたものであると認められるから、右両油種に関する本件各不当な取引制限の罪についても共同正犯たることを免れないものであり、右被告会社も両罰規定によつて処罰を免れない。

(三) 「相互に事業活動を拘束し」という構成要件についての主張(前記第三の二の(二))に対する判断

弁護人らは、その主張の根拠として、本件価格の会合への参加、不参加あるいは脱退は自由であり、本件各共同行為の内容を遵守させるため、被告会社ら間においてこれを遵守する旨の誓約書の交換やこれに反した行為に対する違約金等の反則罰の定めはなく、また、本件各共同行為の内容は実現されていないことを挙げる。

しかし、前記の事実第一ないし第五の証拠として掲げた被告人らの検察官に対する各供述調書及び前記第三の三の(二)の1の(2)のロないしル摘示の各間接事実並びに前記第三の三の(一)の16認定の被告会社らにおける値上げ指示の情況を総合すると、被告人らが、本件関係各共同行為をし、これに従つて事業活動をすることがそのそれぞれ所属する被告会社に有利であると考え、その内容の実施に向けて努力する意思をもち、かつ他の被告会社らにおいてもこれに従うものと考えて本件各共同行為をしたことが明らかに認められるのであるから、本件各共同行為が被告会社らの事業活動を相互に拘束するものであることは明らかであつて、被告人らの行為は右構成要件に該当する。そして、右拘束力は当該共同行為についてその有無を考えるべきことであるから、共同行為に参加するかしないかが自由であることは右判断の資料とはならず、また、不当な取引制限は独禁法上違法行為であるから、その実効性を期待することが本来無理なものであり、従つて右構成要件は被告会社らに共同行為の内容を遵守する義務を負わせることまで要するとする趣旨ではないと解するのが相当であるから、本件において、被告会社ら間において本件各共同行為の遵守確保のための所論主張のような手段が講ぜられておらず(前記認定のように共同行為に反する行為を排除するための方法は考えられていた。)、右共同行為からの脱退が自由であり、さらに、右共同行為の内容がすべての場合直ちに十分に実現されたことが認められないとしても、被告人らの本件行為が右構成要件該当性を欠くと認めることはできない。

(四) 「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」という構成要件についての主張(前記第三の二の(三))に対する判断

しかし、前記認定のように、本件各共同行為は、石油製品の必要値上げ巾、すなわち値上げ額を合意したものであつて、単に値上げ巾の上限を合意したものではないから、所論は前提を欠く。

(五) 「公共の利益に反して」という構成要件についての主張(前記第三の二の(四))に対する判断

弁護人らは、要するに、不当な取引制限についての罰則中の「公共の利益に反して」とは、独禁法の目的が「一般消費者の利益を確保する」とともに「国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」であること、昭和二八年法律第二五九号による同法改正の沿革及び刑罰法規の解釈上文理を離れることが許されないことから考えると、犯罪構成要件であり、その意味は生産者、消費者の双方を含めた国民経済全般の利益に反することをいうものであつて、競争の実質的制限があつても、公共の利益に反しないとして不当な取引制限にあたらない場合があると解すべきであり、同法の目的を消費者の利益の確保のみとみ、公共の利益は自由競争を基盤とする経済秩序そのものを指すとして、競争の実質的制限が直ちに公共の利益に反すると解し、「公共の利益に反して」は宣言的文言であるとすることはできない。そして、業法の目的規定及び標準価格に関する規定の趣旨からみて、石油の安定供給等のため合法的に競争制限をなしうる余地があり、右標準価格に関する規定に基づく措置に準ずる行政指導による価格の設定等を考えることができるから、本件のように適法な行政指導下における行政力措置は公共の利益に反しない行為というべきである旨主張する。

そこで、考えると、本件不当な取引制限についての罰則は、競争の実質的制限が「公共の利益に反して」なされることを構成要件としていることが明らかである。そして、右構成要件のもつ意味、それが設けられた趣旨は、独禁法の目的及び同法の構造全体に照らして解しなければならない。

独禁法は、同法第一条によると、同法第二条に定義されている私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配力の過度の集中を防止することにより、直接には「公正且つ自由な競争を促進する」こと、すなわち自由競争経済秩序を維持すること(独占禁止政策)を目的とし、独占禁止政策の実現は、それが「一般消費者の利益を確保する」と同時に「国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」になるとの理解の下にこれを窮極の目的としているものと解される。そして、右国民経済の民主的で健全な発達の促進の内容として、消費者一般の利益と対立するような単なる事業経営上の利益を守るというようなものを含むものではないことは明らかである。

ところで、独禁法は、当初、第三条において、事業者の共同行為によつて、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争の実質的制限をすることを不当な取引制限として禁止するとともに、第四条において、対価の決定等の特定の共同行為自体を一定の取引分野における競争に与える影響が問題とする程度に至らない場合を除いて禁止していたが、昭和二八年法律第二五九号による同法の改正により、同法第四条が削除されるとともに、不当な取引制限もその要件である共同行為の内容が限定された。また、同法制定の当初から適用除外規定(第二一条ないし第二四条)が設けられていたが、右は右規定を俟つまでもなく同法違反にあたらない行為についてのものが多かつたところ、昭和二八年の右改正により、新たに第二四条の二の再販売価格維持契約、第二四条の三の不況カルテル及び第二四条の四の合理化カルテルの各規定が設けられ、また、そのころから同法第二二条により制定された独占禁止法の適用除外等に関する法律に基づき本来同法第二二条にいう特定の事業に該当しないものまでが適用除外を受け、さらに、右適用除外法によらないでそれぞれの法律中に適用除外を定める事業法が現われるに至つている。

右のような独禁法の改正等の経緯にかんがみ、同法を整合的に解すると、同法は、共同行為により一定の取引分野における競争を実質的に制限する行為であつても、その行為の実質において同法の趣旨、目的に反しないものがありうることを予定しているものと解されるが、前記の同法の目的をも考慮すると、「公共の利益に反して」とは、同法の趣旨、目的に反することをいい、原則としては同法の直接の法益である自由競争経済秩序に反することであるが、形式的に右に該当する場合であつても、右法益と当該行為によつて守られる利益とを比較衡量して、全体的にみた前記の同法の趣旨、目的に実質的に反しないと認められるような例外的なものを公共の利益に反しないものとして独禁法の適用から除く趣旨で右構成要件が設けられたものであると解するのが相当である。

右の観点から本件をみると、被告人らの本件関係各行為は、わが国における最も重要な物資の一である石油製品の値上げの共同行為による競争の制限であつて、国民経済に及ぼす影響は甚大であり、また、前記のように、それ自体は行政指導に従つてなされたものでないことはもちろん、行政協力行為ともいうことができず、また、被告会社らは前記のような原油の値上がり等のコストアップに対応するため製品を値上げする必要に迫られているものではあるが、本件のような共同行為までするのでなければ被告会社らの企業維持ができず、あるいは著しく困難になり、ひいてわが国における石油製品の安定的かつ低廉な供給確保に著しい支障を生ずるような事情があつたことは証拠上これを認めることができず、被告人らは、被告会社らの殊更大幅な利益獲得を目論んだものではないにせよ、値上げを有利にするため本件関係各行為に及んだものであるから、これが公共の利益に反するものであることは明らかである。

(六) 本件の既遂時期についての主張(前記第三の三の(五))に対する判断

弁護人らは、要するに、不当な取引制限の罪は、共同行為に従つてその内容が実施されたとき初めて既遂に達する旨主張し、明確な主張はないけれども、右の見解に立つて、本件においては共同行為の内容である対価の引上げの実施の事実が立証されていないから、本件につき既遂をもつて論ずることはできないと主張するものと解される。

しかし、独禁法第二条第六項所定の拘束力ある共同行為は本来競争制限的効果をもつものであるところ、同規定は、不当な取引制限の成立要件としての共同行為を「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」内容のものに限定したものであり、換言すれば、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限する内容の拘束力ある共同行為が行なわれれば、直ちに不当な取引制限罪が成立することを規定しているものであつて、不当な取引制限の罪は、共同行為によつてもたらされる競争の実質的制限の外部的表現である共同行為の内容の実施をその成立要件とするものではないと解するのを相当とする。従つて、所論は前提を欠く。

第四法令の適用

被告人斉藤、同岡田、同田村、同川副、同大橋、同武信、前記早山、被告人説田及び同榎本の判示の事実第一ないし第五、同愛知及び同井上の判示の事実第一ないし第三、同橘田の判示の事実第四及び第五、同石渡の判示の事実第一及び第二並びに同泉及び同松井の判示の事実第三ないし第五の各所為は、いずれも右各事実における共同行為の対象となつた各油種ごとに昭和五二年法律第六三号附則第九条により同法による改正前の独禁法第八九条第一項第一号後段、第九五条第一項(第三条後段)(なお、判示の事実第一、第二、第四及び第五の被告人田村のガソリン及びジェット燃料油についての各所為につき刑法第六〇条をも適用)に該当し(判示の事実第三の被告人ら及び右早山の各油種ごとの各所為及び同事実第四の被告人ら及び右早山のC重油についての各所為はいずれも一罪である。)、被告会社らに対しては、判示の各事実につきいずれも前記改正前の独禁法第九五条第一項(第八九条第一項第一号後段、第三条後段)により同同法第八九条第一項第一号の罰金刑を科すこととなるが、被告人ら及び右早山の右各所為は、各事実ごとにいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、被告人ら及び被告会社らに対し、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として、判示の事実第一、第二、第四及び第五につきいずれも犯情の最も重いガソリンについての各罪の刑及び同事実第三につき犯情の最も重い灯油についての罪の刑でそれぞれ処断することとし、被告人らに対し、右各罪の所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は被告人ら及び被告会社らにつき、いずれも同法第四五条前段の併合罪であるから、被告人らに対しては同法第四七条本文、第一〇条により、被告人斉藤、同岡田、同田村、同川副、同大橋、同武信、同説田及び同榎本につき犯情最も重い判示の事実第五の罪、同愛知及び分井上につき犯情最も重い判示の事実第二の罪、同橘田につき犯情の重い判示の事実第五の罪、同石渡につき犯情の重い判示の事実第二の罪並びに同泉及び同松井につき犯情の最も重い判示の事実第五の罪のそれぞれの刑に法定の加重をし、被告会社らに対しては同法第四八条第二項により各罪所定の罰金額を合算し、右刑期又は罰金額の範囲内で、被告人斉藤及び同岡田をいずれも懲役一〇月に、同田村、同愛知、同橘田、同石渡、同泉、同井上及び同松井をいずれも懲役四月に、同川副、同大橋、同武信、同説田及び榎本をいずれも懲役六月に、被告会社出光興産(株)及び同日本石油(株)をいずれも罰金二五〇万円に、同太陽石油(株)を罰金一五〇万円に、同大協石油(株)、同丸善石油(株)、同共同石油(株)、同キグナス石油(株)、同九州石油(株)、同三菱石油(株)、同昭和石油(株)、同シェル石油(株)及び同ゼネラル石油(株)をいずれも罰金二〇〇万円にそれぞれ処し、情状により同法第二五条第一項を適用して被告人全員に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間右各懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により別紙訴訟費用負担明細表(一)及び(二)記載のとおり被告人及び被告会社らに負担させることとする。

第五弁護人らの構成要件事実以外の点についての主張に対する判断

一公訴棄却の申立に対する判断

(一)  独禁法第八五条第三号は違憲であるから、刑事訴訟法第三三八条第一号または第四号により公訴を棄却すべきである旨の主張に対する判断

1 弁護人らの主張

弁護人らは、独禁法第八五条第三号は、同法第八九条違反事件の第一審裁判権が東京高等裁判所に属するものと規定しており、現憲法下において一般的に採用されている三審制を採用せず、特に二審制を採用するものであるが、右事件の重要性及び特殊性、右事件につき要求される迅速裁判及び法令の統一解釈並びに右事件における準司法機関である公正取引委員会の審判手続の先行等の諸点を考慮しても、右事件につき二審制を採用すべき合理的な理由はないから、右規定は、同法第八九条違反事件の被告人を他の刑事被告人と比べてその社会的身分により不合理に差別的に取り扱つているものであつて憲法第一四条に違反し、また、同法第三一条、第三二条及び第三七条にも違反して無効である。また、独禁法において、特定の犯罪に係る被告事件について二審制をとり、その第一審裁判権を高等裁判所の管轄に属させることが憲法上許されるとしても、その事件をどの高等裁判所において処理させるべきであるかの問題は、裁判所内部における事務処理上の便宜の問題であり、憲法第七七条第一項所定の最高裁判所の制定する規則の専属的所管事項と解すべきであるから、独禁法の前記規定は、憲法第七七条第一項に違反して無効である。従つて、東京高等裁判所は本件につき裁判権を有しないから刑事訴訟法第三三八条第一項に該当し、あるいは本件各公訴は違憲無効の規定に基づいて提起されたものであるから同条第四号に該当し、いずれにせよ公訴棄却の判決をすべきものである旨主張する。

2 判断

そこで、検討すると、刑事訴訟法第三三八条第一号にいう「被告人に対して裁判権を有しないとき」とは、国家統治権の一作用としてのわが国の刑事裁判権が被告人に及ばない場合を指すところ、独禁法第八五条第三号はわが国の刑事裁判権が及ぶ者に対していかなる裁判所がその権限を行使するかという管轄権についての特別規定であるにすぎないのであるから、仮に所論のように右規定が違憲無効であるとしても、そのため本件被告人らに対してわが国の裁判権が及ばなくなる筋合いではないから、本件が刑事訴訟法第三三八条第一号にあたるとの主張は理由がない。

そこで進んで、所論にかんがみ独禁法第八五条第三号の憲法適合性について検討すると、右規定は、同号所定の罪が国民経済にもたらす影響の重要性並びに右罪に係る訴訟についての迅速な審判及び専門的かつ統一的判断の必要性にかんがみ、東京高等裁判所を第一審裁判所として右訴訟事件を全部同裁判所に集中することを定めたものであり、同法第八七条が同裁判所に右訴訟事件その他同条所定の事件のみを取り扱う裁判官の合議体を設け、しかもその合議体の裁判官の員数を五人とすることを定めたのと相俟つて、右の要請に応えることにしたものと解されるのである。また、同法第八五条第三号所定の訴訟事件について第一審の裁判を行なう東京高等裁判所の右合議体の審理手続には除斥及び忌避に関する規定を含む刑事訴訟法の第一審手続に関する規定がすべて適用されるのであり、その判決に対しては、最高裁判所における同法の規定による上告審の手続が保障されている。そして、憲法第三二条は、すべての者に対して憲法及び法律の定める裁判所において裁判を受ける権利を保障しているが、右規定は、三審制を保障したものではなく、裁判所の裁判権の分配、審級その他の構成を法律の規定に委ねることにしたものであると解すべきであり(最高裁大法廷昭和二三年三月一〇日判決、刑事判例集二巻三号一七五頁、同昭和二三年七月八日判決、刑事判例集二巻八号八〇一頁、同昭和二三年七月一九日判決、刑事判例集二巻八号九二二頁、同同日判決、刑事判例集二巻八号九五二頁、同昭和二九年一〇月一三日判決、民事判例集八巻一〇号一、八四六頁参照)、同法第三七条は、被告人に公平な裁判所の裁判を受ける権利を保障しているが、右規定にいう公平な裁判所とは組織及び構成等において偏頗や不公平のおそれのない裁判所をいうものと解される(最高裁大法廷昭和二三年五月五日判決、刑事判例集二巻五号四四七頁、同昭和二三年五月二六日判決、刑事判例集二巻五号五一一頁、同昭和三六年六月二八日判決、刑事判例集一五巻六号一、〇一五頁参照)。

以上によると、独禁法第八五条第三号は、同法第八九条違反被告事件の被告人について不合理な差別を定めたものとは認められないから、憲法第一四条に違反するものではなく、同法第三二条に違反するものでもなく、右事件についての第一審裁判所である東京高等裁判所の前記の合議体が公平な裁判所の理念に反するものとは認められないから、同法第三七条にも違反せず、また、右裁判所による裁判が法律の定める手続の保障に欠けるものであるとは認められないから、同法第三一条にも違反しないと認められる。

また、憲法第七七条第一項は、同法が、国会を唯一の立法機関と定め、同時に司法権行使の分野についても規則ではなく法律によつて定める場合を多く予想していることに照らすと、所論のように右規定の定める事項を最高裁判所規則の専属的所管事項と定めたものではなく、右事項については法律の委任を要せず、直接右規定に基づいて最高裁判所が規則を制定する権限があることを認めたものであるから、右事項に関し法律による定めをすることを禁ずる趣旨ではないと解される(最高裁第二小法廷昭和三〇年四月二二日判決、刑事判例集九巻五号九一一頁参照)ので、独禁法第八五条第三号は憲法第七七条第一項に違反するものではない。

従つて、独禁法第八五条第三号は違憲ではないから、本件が刑事訴訟法第三三八条第四号にあたるとの主張は前提を欠く。

(二)  本件告発は無効であるから、刑事訴訟法第三三八条第四号により公訴を棄却すべきである旨の主張に対する判断

1 弁護人らの主張

弁護人らは、独占禁止法第九六条によれば、同法第八九条の罪は公正取引委員会の文書による告発をもつて論ずべきものとされているところ、本件につき昭和四九年二月一五日付の「告発状」と題する書面が二通あり、その一つは作成名義が公正取引委員会と表示され、他の一つは作成名義が告発人指定代理人富田孝三と表示されているが、そのいずれが本件の告発状であるのか不明であり、前者であるとすれば、代表者の署名押印を欠いているから独禁法第三三条第一項、刑事訴訟規則第五八条第一項に違反し、後者であるとすれば、指定代理人の署名押印を欠き右規則の規定に違反するうえ、告発には代理が許されないと解すべきであるから、いずれの点からみても右書面による告発は無効であり、また、同年五月二五日付の被告発人井上清及び同石渡健二に関する「告発状の追加及び補充訂正」と題する文書は、告発人指定代理人富田孝三作成名義の文書であるが、その署名を欠き前記規則の規定に違反するうえ、告発には代理が許されないと解すべきであるから、右文書は公正取引委員会の右井上らに対する告発としての効力を有しない。従つて、本件各公訴は有効な告発を欠くもので適式有効に提起されたものではないから、刑事訴訟法第三三八条第四号により公訴棄却の判決をすべきものである旨主張する。

2 判断

そこで、検討すると、(イ) 昭和四九年二月一五日付の文書の第一葉には、告発状と題し、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第七十三条第一項、第九十六条の規定に基づき別添事件を告発する。」と記載され、「公正取引委員会」との記名及び同委員会の庁印が押捺されており、同第二葉以下には、あらためて告発状と題し、告発人を公正取引委員会、被告発人を出光興産(株)ほか二四名とし、独禁法第三条後段、第八九条第一項第一号、第九五条第一項に該当する事実を告発事実とする同日付の告発人指定代理人富田孝三の記名のある文書が添付され、右第一葉と第二葉の間及び以下各葉の間にはいずれも右第一葉の公正取引委員会名下に押捺されたのと同じ同委員会の庁印による契印が施されている。右文書の表示及び形式にかんがみると、右文書は全体として公正取引委員会作成名義の一個の告発状と認められるのであつて、その末尾に公正取引委員会委員長高橋俊英の記名押捺のある告発代理人指定書と題する書面が添付されていることは右認定の妨げとなるものではない。

ところで、独禁法第九六条所定の告発は、刑事訴訟法第二三九条、第二四一条所定の告発をその主体及び方法につき限定し、これを訴訟条件としたもので、同法上の告発にほかならないのであるから、その告発状には刑事訴訟規則第五八条の適用があり、また、公正取引委員会は、合議制の行政官庁であつて、同委員会委員長が同委員会を代表する(独禁法第三三条)ものであるから、同委員会の作成すべき告発状には代表者である同委員長の署名押印を要するものと解すべきものであることは所論のとおりである。従つて、前記の告発状は公正取引委員会委員長の署名押印を欠く点において刑事訴訟規則第五八条第一項の定める方式に違反するものといわなければならないが、右規定の趣旨は、官吏その他の公務員が作るべき書類の真正を書類自体の表示により明確にさせることにより、書類の成立に関する調査を簡便にし、書類の真正に関する争いの生ずることを防止することにあると解されるから、本件告発状のように公正取引委員会の記名と庁印が押捺されていることにより同委員会の作成に係ることが明らかな場合においては、右程度の方式違反があるからといつて直ちに告発状としての効力がないと断ずることはできず、右告発状の第一葉の文言によれば同告発状が公正取引委員会の意思を表示したものであることが明らかであること、同告発状に添付された同委員会委員長の記名押印のある告発代理人指定書中に本件の告発が同委員会の決定に係るものであることを窺わせる内容が表示されていること及び富田孝三証言一二六回をも併せ考えると、本件につき右告発状による公正取引委員会の有効な告発があつたと認めるに充分である。

(ロ) つぎに、「告発状の追加及び補充訂正」と題する文書(以下追加文書という。)について検討すると、右追加文書は、所論のとおり告発代理人富田孝三作成名義であつて、右告発状記載の告発事実の一部について被告発人井上清及び同石渡健二の二名を共犯者として追加すること並びに右告発状記載の告発事実四の共犯者に被告発人早山弘及び同榎本喜好の二名を追加することを内容とするものであるが、刑事訴訟法第二三八条第一項所定のいわゆる告訴の主観的不可分の原則が告発についても準用されている(同条第二項)から、右告発状によつてした告発の効力はその罪の共犯者にも及んでいるものというべきであり、従つて、右追加文書が所論のように独立の告発状として効力を有しないものであるとしても、右追加文書に共犯者として新たに表示された前記井上らに対して本件公訴事実により公訴を提起することに訴訟手続上の障害はないものといわなければならない。

それで、本件公訴は、有効な告発に基づき適式に提起されたものであつて、刑事訴訟法第三三八条第四号にあたるとの主張は前提を欠く。

(三)  被告会社九州石油(株)に対する告発は無効であるから、刑事訴訟法第三三八条第四号により同被告会社に対する公訴を棄却すべきである等の主張に対する判断

1 弁護人らの主張

被告会社九州石油(株)の弁護人らは、本件公訴事実記載の犯罪の主体である九州石油(株)は公正取引委員会の告発前の昭和四八年一二月一日東京都江東区門前仲町一丁目一三番一三号に本店を置いていた辰己商事株式会社に吸収合併されて解散し存在しなくなつたものであるから、本件公正取引委員会の告発は本件犯罪に関係のない会社に対してなされたもので無効であり、本件公訴は右無効な告発を前提として提起されたものであつて訴訟条件を欠くから、刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴を棄却すべきであり、あるいは被告会社九州石油(株)は本件犯罪と関係がないので無罪である旨主張する。

2 判断

そこで、検討すると、

(1) 本件告発状によれば、被告発人は本店を東京都千代田区内幸町二丁目一番一号に置く九州石油株式会社と表示されているが、東京法務局登記官作成の同社に関する登記簿謄本によれば、同会社が現存することは明らかであり、右告発が現存する右会社に対してされ、また、本件公訴も右会社に対して提起されたことが明らかである。そして、右告発状によれば右九州石油(株)が本件犯罪の主体であるというのであるから、仮に本件犯罪の主体が右告発の対象である九州石油(株)でないとしても、それは右九州石油(株)に右告発の内容である犯罪が認められないというだけのことであつて、右告発そのものが無効となる筋合いのものではない。従つて、右告発に基づく本件公訴提起が無効である旨の主張は理由がない。

(2) そして、

イ 〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和三五年一二月二〇日、商号を九州石油株式会社とし、本店を東京都千代田区内幸町二丁目二二番地(昭和四二年四月住居表示の変更により同都同区内幸町二丁目一番一号となる。)に置き、資本金を三〇億円とする株式会社(以下千代田区の九州石油と略称する。)が設立され、同会社は、大分に製油所、福岡に支店をそれぞれ設け、石油精製及び石油製品元売り業等を営んでいたが、同社では昭和四五年末ころから、その発行する株式を証券取引所に上場することを計画し、同社総務部総務課長代理岩松鵬助らが山一証券(株)株式引受部の中島久雄らと相談したところ、千代田区の九州石油は昭和二五年の商法改正後の設立に係るためその発行する額面株式一株の金額は五〇〇円であつたが、株式に市場流通性を持たせるためには額面株式一株の金額を五〇円に変更することが望ましく、その方法として、右商法改正前に設立され一株の額面金額を五〇円とする株式会社であつて、会社としての実態がなく登記簿上存在するにすぎないいわゆる休眠会社の名義を利用し、これを存続会社として千代田区の九州石油を形式的にこれに吸収合併することにすれば、右九州石油の実態に変更を加えることなくその目的が達せられることを知つたので、右中島らに休眠会社の斡旋を依頼した。そこで、右中島は、休眠会社の売買を行なつていた武田俊男こと武田修男に相談したところ、同人は、これを承諾し、かねて買い取つてあつた不二運輸(株)の名義を利用することにした。

ところで、不二運輸(株)は、昭和一六年六月二日、資本金を九万一、五〇〇円とし、自動車運送等を目的として設立された会社であるが、昭和一九年七月二七日ころ、株主総会において、あらたに設立される深川運送(株)に不二運輸所有の資産及び営業を現物出資して同会社を解散することを決議し、同年一〇月一九日、川井省三を清算人として解散登記する一方、右深川運送(株)の株式一、七一二株を不二運輸(株)の株主に対し出資額に応じて分配し、同社に残つていた現金及び自転車等も分配して残余財産の分配を終え、清算手続を結了したが、登記簿上は清算結了の登記が未了のまま放置されていた。右武田は、昭和三七年ころ、右川井から不二運輸(株)を一万二、〇〇〇円で買取り、同年九月ころ、右金員を右会社の全株式の譲渡代金として受領した旨の右川井名義の領収書の交付を受けて株式譲渡の体裁を整えてはいるが、不二運輸(株)の実態は右のようなものであつたから、右売買の実質は不二運輸(株)の登記簿の名義を自由に利用することに対する謝礼の趣旨であつた。

右武田は、前記のように前記中島の依頼を受けたことから、昭和四六年一月一四日、すでに死亡していた右川井を議長とする不二運輸(株)の臨時株主総会及び取締役会の各議事録を作成したうえ、同月二六日、同会社につき会社継続及び取締役就任を内容とする株式会社継続登記並びに商号を辰己商事株式会社、目的を電子計算機の販売等及び本店を東京都江東区門前仲町一丁目一三番一三号にそれぞれ変更することを内容とする株式会社変更登記を申請して即日その旨の登記を完了し、千代田区の九州石油との間で同会社に辰己商事(株)を売り渡す旨の契約書を作成し、辰己商事(株)が千代田区の九州石油を吸収合併することにするための準備として、同年六月三〇日、辰己商事(株)の商号を九州石油株式会社(以下江東区の九州石油と略称する。)及び目的を石油精製及び石油製品の販売等にそれぞれ変更し、辰己商事(株)の全取締役及び監査役が辞任し、代つて千代田区の九州石油の社員がこれに就任したことを内容とする株式会社変更登記を申請してその旨の登記を完了したうえ、同年七月一三日千代田区の九州石油から売買代金として八〇万円及び右変更登記の手数料として三万五、七二〇円を受け取つた。

その後、千代田区の九州石油は、株式上場の準備を進め、昭和四八年五月一〇日、株式の額面金額の変更のみを目的として、江東区の九州石油との間に江東区の九州石油が千代田区の九州石油を吸収合併することを内容とする合併契約書を作成したうえ、所要の手続を経て同年一二月一日右株式会社合併登記を完了し、同年一二月一七日には千代田区の九州石油の解散登記及び江東区の九州石油の本店を千代田区の九州石油の本店所在地に移転する旨の変更登記をそれぞれ完了した。なお、右合併手続を進めるにあたり、同年八月七日右両九州石油の連名で公正取引委員会に対して合併届出書を提出して同月一四日右届出書が受理されたが、右届出書には合併の目的が株式の額面金額の変更にあり、江東区の九州石油は実質上資産を有しない会社で合併と同時にその資本金に該当する九万一、五〇〇円を消却の方法で減資するので、合併後存続する会社の実体は千代田区の九州石油である旨明記されており、また、同年九月一八日石油業法の規定に従い右両九州石油の連名で通産大臣に対して石油精製業合併認可申請書を提出して同年一〇月一二日同大臣の認可を得たが、右申請書にも合併の理由等として、江東区の九州石油は登記簿上のみ存在する会社で事業活動は一切行なつておらず、本件合併は千代田区の九州石油の発行する株式の額面金額を変更するために行なうものである旨明記されている。

ロ 右の認定事実に基づいて考察すると、江東区の九州石油の前身である不二運輸(株)は、前記のとおり昭和一九年ころ実質的な清算手続を終了した段階で消滅し、以後不存在になつたものと認められる。

弁護人らは、不二運輸(株)の株主の一人である吉原昌平が深川運送(株)の株券以外には何らの財産の分配も受けなかつたものであることが前記の証拠上認められるから、同会社の残余財産の分配は完了していなかつたというべきであると主張するけれども、残余財産の分配が完了したことは前記認定のとおりであつて、その後二〇年も経過しているのに右吉原から特段不服申立てがないことも考慮すると、右主張は採用できない。そして、右事実によると、不二運輸(株)の清算に関する決算報告書の作成及び株主総会の承認手続(商法第四二七条第一項)がなされていないとはいえ、清算手続は現務の結了、債権の取立及び債務の弁済並びに残余財産の分配という会社の事業の実体に関するものがその内容をなすものであつて(商法第一二四条第一項)、決算報告書の承認手続は清算人の責任を解除する効果を持たせる手続であると解すべきである(商法第四二七条第二項)から、右承認手続を経ていないことは清算手続が結了したことの妨げとなるものではない。また、本件において清算結了の登記が未了であることも右のように会社が不存在となるとの認定の妨げとなるものではないと解される。さらに、本件において、前記武田が前記川井から不二運輸(株)の株式を譲り受けたとして右会社の継続登記等をしたからといつて、これが創設的効力を有しないことは一般の商業登記と同様であることはもちろんであるから、一旦不存在となつた会社がそのため復活するものとは到底解されない。

以上のように江東区の九州石油の前身である不二運輸(株)は消滅して不存在となつたものであり、従つて右九州石油も登記簿上のみ存在する不存在の会社であるから、これとの合併は成立しないというべきであり、前記のように両九州石油の合併に関する書類が作成され、これに基づき合併の登記がなされても、それは合併を仮装したにすぎないものであり、これによつて千代田区の九州石油が江東区の九州石油に吸収されて存在しなくなるといういわれはない。また、前記のように公正取引委員会による合併届出の受理や業法に基づく通産大臣の認可があつたからといつて、それらが商法上不成立の合併の効力を左右するものでないことは明らかであるから、右認定の妨げとなるものではない。従つて、千代田区の九州石油が合併に基づく解散により消滅した旨の登記は実体関係を欠く無効なものであり、同会社は引続き存在するものと解するのが相当である。

所論引用の判例(最高裁第三小法廷昭和四〇年二月二五日決定、刑事判例集一九巻四号三五七頁)は、新妻浩作成の上申書によれば、被告会社である近畿日本モータース株式会社(昭和三六年五月商号を名古屋近鉄モータース株式会社と変更)は、昭和三七年五月二八日名古屋高等裁判所において言い渡された有罪判決に対し上告中の昭和三九年四月二日東京近鉄モータース株式会社に吸収合併され、同日その登記を了したが、両社は、いずれも近畿日本鉄道(株)の全額出資により設立された子会社であつて自動車の輸入販売等の事業を行なつており、昭和四〇年秋の貿易の自由化に備え、資本の充実と販売機構の強化を目的として合併したものであるという事案に関するものであると認められ、本件とは異なり実体を伴う合併の場合についてのものであつて、本件に適切でない。

以上の理由により、本件起訴にかかる被告会社九州石油(株)は本件犯罪の主体であると認められるから、所論は前提を欠く。

(四)  被告会社ら及び被告人らに適用すべき罰則はないから、刑事訴訟法第三三九条第一項第二号により公訴を棄却すべきである旨の主張に対する判断

1 弁護人らの主張

弁護人らは、独禁法第三条は、「事業者は、(中略)不当な取引制限をしてはならない。」と規定し、同法第八九条第一項第一号は、「独禁法第三条の規定に違反して(中略)不当な取引制限をした者」に該当するものを処罰する旨規定しているから、同号は同法第二条第一項に定義する事業者のみを処罰の対象とするものであつて、被告人らを同法第八九条第一項第一号によつて処罰することはできず、また、同法第九五条第一項が、「法人の(中略)従業者が、その法人(中略)の業務(中略)に関して、(中略)第八九条(中略)の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか(後略)」と規定していることのみを理由として、同法第八九条第一項第一号により被告人らを処罰できるとすることは刑罰法規の厳格解釈の原則上許されない拡大解釈であり、このことは、事業者団体の違反行為について役員等の自然人ろ処罰する昭和五二年法律第六三号による改正前の同法第九五条の二の規定の仕方とを対比すれば一層明らかである。そして、同法第八九条第一項第一号は不当な取引制限をした「者」に該当するものを処罰する旨規定しており、同項第二号が競争を実質的に制限した「もの」に該当するものを処罰する旨規定しているのとその文言を比較すると、右第一号は自然人のみを処罰する規定であると解すべきであり、また、同法第九五条第一項が法人処罰の要件として規定している、事業者である法人の従業者等の自然人が「(前略)第八九条の違反行為(後略)」をすることがありえないことは前記のとおりであるから、同項によつて被告会社らを処罰することはできない。従つて、被告会社ら及び被告人らを処罰すべき罰則がないから、本件起訴状記載の事実が真実であつても何等の罪となるべき事実を包含していないので、刑事訴訟法第三三九条第一項第二号により公訴を棄却すべきであるというのである。

2 判断

そこで、考えると、被告人らは事業者ではないから、独禁法第八九条第一項第一号のみによつては直ちに処罰されえない。また、同法第八九条第一項第二号は、同法第九五条第二項により法人でない事業者団体に適用される場合があるため、同条項第一号が自然人及び法人を含めて「者」という表現を用いたのと異なり「もの」という表現を用いたものと解せられるので、この点についての所論に賛同することはできないけれども、法人の行為はいわゆる両罰規定等により処罰される場合を除いては処罰されないと解されるので、同法第八九条第一項第一号のみによつて被告会社らを処罰することはできないと解される。

ところで、同法第三条の趣旨から考えると、事業者が法人である場合、自然人といえどもその事業者が同条に違反したことになるような行為をすることは、同条によつて禁止されていると解され、従つて、このような場合、同法第八九条第一項第一号は、右のような行為をする自然人を処罰する趣旨であるといわなければならず、同法第九五条第一項において前記の文言を設けて、右の趣旨を明らかにするとともに、同法第八九条第一項第一号により処罰される自然人の人的範囲及び要件についての構成要件を補充したものと解するのが相当であり、右のように解しても所論のように許されない拡大解釈であるとはいえないし、また所論の指摘する同法第九五条の二は、行為者でない役員等違反行為に関与する態様が本件罰則の場合とは全く異なる者に関する規定であるから、所論のような理由で所論の根拠とすることはできない。従つて、前記認定のように、事業者である被告会社らのそれぞれの従業者である被告人らは、そのそれぞれ所属する被告会社の業務に関して、同被告会社が同法第三条に違反することになるような行為をしたのであるから、同法第九五条第一項により補充された同法第八九条第一項第一号の構成要件に該当するものとして同号により処罰される。

そして、被告会社らは、同法第九五条第一項の「(前略)法人に対しても、各本条の罰金刑を科する。」との規定により、被告会社らのそれぞれの機関が被告会社らのそれぞれの従業者である被告人らが右のような違反行為をしないよう注意監督すべき義務を懈怠したことにつき、被告会社らにも責任を負わせることができるという理由から、同法第八九条第一項第一号所定の罰金刑に処せられることになると解するのが相当である。

それで、右主張はいずれも前提を欠く。

二本件の罰則は罰刑法定主義に違反し無効である旨の主張に対する判断

(一)  弁護人らの主張

弁護人らは、本件罰則は、「公共の利益に反して」及び「競争を実質的に制限する」という不確定な要素から成る構成要件を含んでいるから、憲法第三一条に定める罪刑法定主義に反して無効である旨主張するものと解される(なお、所論が、右の前提に立つて、本件につき刑事訴訟法第三三九条第一項第二号に該当するものとして公訴を棄却すべきであるというのか、無罪であるというのかは明らかでない。)

(二)  判断

そこで、考えると、本件罰則における「公共の利益に反して」という構成要件の意味内容は前記のとおりであり、同「競争を実質的に制限する」とは、一定の取引分野における競争を全体としてみて、その取引分野における有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらすことをいうものと解されるところ、右各用語は若干抽象的で、具体的な場合に当該共同行為が右に該当するかどうかを判断するにはその意味内容についての合理的な解釈をする必要があることはいうまでもないが、右共同行為をする事業者の範囲及び業態並びに右共同行為の内容等の具体的事実に基づいて右該当、不該当を判断することは、通常の判断力を有する一般人にとつてさほど困難ではないと考えられるので、本件罰則が罪刑法定主義に違反するものではなく、所論は理由がない。

三違法性阻却事由がある旨の主張に対する判断

(一)  弁護人らの主張

弁護人らは、被告人らの行為が本件罰則の構成要件に該当するとしても、違法性阻却事由がある旨主張し、その理由として、要するに、通産省担当官は、通商産業省設置法や業法に基づいて、その職務権限内にあると認められる行政指導を適法になしうるものであるところ、本件においては、業法に基づいて石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保するという公益的立場から石油業者の事業活動を調整するため価格に関する行政指導を行なつたものであつて、右行政指導は、たとえ外形的には独禁法第三条の構成要件に該当するものであつても、刑法第三五条にいう法令に因る行為、あるいはこれに準ずる正当行為であり、被告人らは、右行政指導に従つて行為し、通産省担当官の右行政行為に協力したものであるから、被告人らの行為も亦正当行為であるというものであると解される。

(二)  判断

しかし、前に第三の二の(一)の1及び第三の二の(四)において詳細に判示したように、所論主張の前提事実が認められないのであつて、所論は前提を欠く。もつとも、本件各値上げに当つて、通産省担当官が業界の実情調査のため常に業界に対して業界全体としての計算資料の提出や説明を求め、値上げの合意後値上げ内容につき了承し、また、右のような業界との接触は、常に業界を代表する立場にあると解される営業委員長やこれを補佐する立場にあると見られる者との間で行なつたことなどのため、被告人らの本件共同行為を行なうことが容易になつたことが認められるけれども、右の事実を理由に本件の違法性が阻却されるといえないことは明らかである。

四故意がない旨の主張に対する判断

(一)  弁護人らの主張

弁護人らは、被告人らの行為が本件罰則の構成要件に該当し、かつ、違法性があるとしても、故意がない旨主張し、その理由として、被告人らは公共の利益に反してという構成要件事実についての認識がなく、かつ、相互に事業活動を拘束し、一定の取引分野における競争を実質的に制限したという構成要件事実を認識したことについての立証がなく、被告人らは、本件行為が、通産省担当官の適法な行政指導に従い、その行政行為を分担するものであつて、法令による行為等正当行為であると認識していたものであるから、違法性阻却事由となる事実について錯誤があり、また、右の理由によつて被告人らには違法の意識がなく、かつ、そのことにつき無理からぬ事情があつたことを挙げる。

(二)  判断

そこで、考えると、所論指摘の構成要件の前記の意味内容に照らすと、被告人らが右構成要件事実を認識していたことはその行為の内容自体から明らかに推認できる。そして、前記認定の本件における行政の介入の実態に徴すると、所論主張のような違法性阻却事由となる事実についての錯誤があつたことを認めることはできない。さらに、本件各共同行為の内容、前記認定の第三の三の(二)の1の諸事実、本件とやや事情を異にするけれども、前記の昭和四六年四月値上げの過程における被告人らの値上げ内容の合意が独禁法違反として公正取引委員会の審判に付され、本件当時審判中であつたため被告人らが本件についても同委員会の摘発を受けることを警戒していたこと並びに被告人らの検察官に対する供述調書〈略〉を総合すると、被告人らに違法の意識があつたことが認められ、右認定と抵触する証拠は信用できない。そして、通産省と公正取引委員会との間に独禁法の解釈や競争制限的行政介入の法的評価につき若干の意見の相違があると被告人らが考えていたとしても、右判断に何らの影響を及ぼすものではない。

第六量刑理由

独禁法がわが国における自由経済を支えるための基本法であり、不当な取引制限の禁止が同法の目的達成のため欠くべからざる規制の一つであることはいうまでもない。本件はいずれも対価の引上げの共同行為による不当な取引制限である。その犯情は前に判示したところにより既に明らかであるが、特に、本件値上げの対象である石油製品は、わが国におけるエネルギーの大宗として、また、石油化学原料として最も重要な物資の一つであり、被告会社らは石油製品のわが国における元売りシェアの大部分を占めており、本件は昭和四八年中に五回にもわたるものであることに徴して、本件犯行が同法の法益を侵害した程度は甚大であるといわなければならない。また、本件当時、本件のようなカルテル行為までしなければ、被告会社らの企業維持ができなくなり、あるいは著しく困難になり、ひいてはわが国における石油製品の安定的かつ低廉な供給確保に支障を生ずるような事情があつたのでもないのに、被告人らは、被告会社らの値上げを有利にするため、しかも事実第三ないし第五については確たる計算資料もなく安易に本件に及んだものであることも併せ考えると、本件の犯情は軽視することができない。しかし、反面、石油企業は低収益であつて体質が弱く、本件は、産油国の一方的な原油値上げに伴う原油値上がり等によるコストアップがあり、必要に迫られてこれを石油製品価格に転嫁したもので、特に大幅な利益獲得を目論んだものではなく、また、通産省担当官が、右値上げに際して業界の代表者を通じ、業界全体としてのコストアップの計算資料等を要求したり、事後にではあるが油種別の値上げ巾についての了承を与えるなどの介入をしたことがあつたため、本件犯行が容易になつたことなど被告人ら及び被告会社らに有利に斟酌すべき点もある。そこで、これらの事情を総合判断し、被告人らの本件各犯行における役割及び犯行の回数並びに被告人らの責任に対応する被告会社らの責任及び被告会社らの規模、業態等からみたそれぞれの本件犯行により国民経済に与えられた影響度を勘案して、主文のとおり量刑した。

それで、主文のとおり判決する。

公判に出席した検察官

深澤保二郎、野村幸雄、岡村泰孝、

田中豊

公判に出頭した弁護人

被告会社出光興産(株)及び被告人斉藤純一につき、

眞子傳次、出射義夫、梶原正雄、久保田敏夫、江口英彦

被告会社日本石油(株)及び被告人岡田一幸につき、

坂上寿夫、伊藤和子、長部謹吾、金子作造

被告会社太陽石油(株)及び被告人田村靖一につき、

澤田隆義、八木良夫、泉政憲、高橋秀忠、梅澤良雄

被告会社大協石油(株)、被告人愛知良一及び同橘田孝重につき、

山本清二郎、佐久間幾雄、芦苅伸幸

被告会社丸善石油(株)、被告人石渡健二及び同泉純吉につき、

植松正、佐野隆雄、近藤良紹、宮下明弘

被告会社共同石油(株)、被告人井上清及び同松井達夫につき、

吉田太郎、大島功、塚本重頼

被告会社キグナス石油(株)及び被告人川副二郎につき、

井本台吉、沼邊喜郎、宮島康弘、熊谷俊紀

被告会社九州石油(株)及び被告人大橋退助につき、

福島幸夫、輿石睦、松沢與市、寺村温雄

被告会社三菱石油(株)及び被告人武信光につき、

日沖憲郎、田中慎介、久野盈雄、今井壮太

被告会社昭和石油(株)につき、

羽中田金一、梶谷玄、梶谷剛、田邊雅延

被告会社シェル石油(株)及び被告人説田長彦につき、

竹内誠、藤井正博、山田尚

被告会社ゼネラル石油(株)及び被告人榎本喜好につき、

馬塲東作、高津幸一

(勝俣利夫 環直彌 小野慶二 斎藤昭 小泉祐康)

訴訟費用負担明細表(一)(二)〈省略〉

被告会社支店一覧表〈省略〉

被告人の地位一覧表〈省略〉

値上げ指示情況一覧表〈省略〉

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